フジ子・ヘミング『ピアノがあって、猫がいて』

聴覚障害者でありながら世界的ピアニストのフジ子さんは、猫たちとともに。
フジ子・ヘミングさんはピアニスト。
10代の頃に右耳の聴覚を失い、左耳の聴覚も今は健聴者の40%しかありません。
まるで現代版ベートーベンのようなお方。
彼女のピアノは艶やかで滑らかで、どこまでも情緒たっぷりの音楽性に満ちあふれています。
もしグレン・グールドが素焼きの壺の美しさだとしたら、フジ子・ヘミングさんは、何層にも透明な上薬をかけて焼いた極薄のお椀のような、繊細で奥深くて清純な美しさです。
特に彼女の有名過ぎる“ラ・カンパネッラ”(リスト作曲)。
ショッキングでした。
あんなにゆっくり穏やかにラ・カンパネッラを弾く人なんて他に知りません。
ラ・カンパネッラは、とても美しい旋律のきれいな曲ではありますが、「超絶技巧」と呼ばれる曲集の中の一曲でもあり、高音部のトリル(厳密にはほとんどの部分がトリルではないけれど、限りなくトリルに聞こえる)は、素人が聞いても(あるいは演奏を見ても)「これは難しそう」とわかる曲です。
ですからどちらかというと、テクニックをみせびらかしながら、速いテンポで派手に弾かれることが多い曲です(それだけのテクニックがあればの話ですけれど)。
この曲をもたもた弾いたら、普通なら「下手」と思われてしまうでしょう。
特に後半の、左手がオクターブのアルペジオで跳ねる部分。
あそこは、弾いていても乗りやすいのです。
自然とテンポが加速し、気をつけないと自分で自分を押さえきれないくらいになってしまいます。
若いピアニストは、しばしばあの部分で暴走してしまいます。
そして観客も、クラシックでありながら、ついノリノリになって、弾き終わったとたんに大拍手となります。
それが、あのゆっくりなテンポで、あの美しさ!
好き嫌いは、聴く人の好みがあるとしても、クラシック・ピアノ・ファンなら必ず一度は聴いておきたい音でしょう。
聴いておかなければ一生の損です!
さて、本の内容ですが、これはとてもハードカバーの単行本にまとめるほどのモノとは思われません。
絵や写真、「フジ子評」、余白たっぷりに引き延ばしたアンケートなどで、どうにかスペースを埋めた感じで、かなり無理があります。
むしろもっと廉価なムック本として、コンサート会場などでプログラムとセットで売ったら極上の品になるのに、などと思ってしまいます。
でも、その長くもないインタビューだけでも、フジ子さんがどのくらい猫たちの事を想っているか、ヒシヒシと伝わってきます。
フジ子さんの音楽論が読みたくてこの本を買った人は失望するでしょうが、猫好きの人なら、フジ子さんのファンになってしまうこと請け合いでしょう。
ついでにピアノのファンにもなってください。
どこからあんな美しい音がでてくるのかわからないほど美しい演奏です。
(2002.4.10)
※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。
『ピアノがあって、猫がいて』
- 著:フジ子・ヘミング
- 出版社:ショパン
- 発行:2000年
- NDC:914.6(日本文学)随筆、エッセイ
- ISBN:4883641368 9784883641369
- 78ページ
- カラー
- 登場ニャン物:ソニヤ、ニャンスキ、ネッピ、ビアンコ、ビョンビョン
- 登場動物:-