出久根達郎『本があって猫がいる』

出久根達郎『本があって猫がいる』

 

元古書店主、今は作家で大の猫好き。

出久根達郎氏のエッセイ集。本の話題が中心、プラス、東京下町の昭和の香りプンプンな描写。

そして、もちろん、猫!

猫関連のエッセイは、174ページ「女の子」から始まる。女の子、といっても、ここでは「(猫の)女の子」の話である。月刊『ねこ新聞』に掲載されたエッセイなど、全部で27話。

ある日、出久根夫婦は自分たちの年齢を計算した。犬を飼うなら、自分たちが先に逝くわけにはいかないはもちろん、最近の犬は平均寿命が随分延びた。さいごまで犬の散歩に無理なく附き合える体力がなければならない。となると、あとせいぜい1匹。

生涯で最後の犬となるのだから、よくよく吟味して飼おう、そう夫婦で決めたのに。

・・・ある日、突然、カミさんがペットショップでラグドールなる種類の、狸に似た猫を買ってきた。子猫というが、はなはだ図体が大きい。
「犬を飼うのじゃなかったのか?」
夫婦で犬の話ばかりしていたのである。手がかかるのは猫より犬なのだ。
「犬も飼うんです」カミさんが平然と答える。
「しかし、犬と猫は相性が悪くないか。かわいそうだよ」
「大丈夫です」カミさんは自信たっぷりに答える。「まずメスの子猫を買い、一か月後にオス犬を連れてきます。メス猫は母性本能がありますから、子犬をかわいがるはずです」
page177-178

言葉通り、一か月後にトイプードルのオスが来た。子猫と子犬は、見合わせたとたんにはしゃぎだし、たちまち意気投合した。

かくて、夫婦と猫のパルルと犬のキキの生活が始まる。なにげない日常が、出久根氏の文章でキラキラと輝きだす。

出久根達郎『本があって猫がいる』

出久根達郎『本があって猫がいる』

*   *   *   *   *

上記エピソードを読んだだけで、猫好きなあなたならおそらく、たちまち出久根夫婦に好感を持ってしまうでしょう。言葉の端々から、ふたりともどこまでも動物中心に考えてくれていることがうかがえるからです。犬を迎える前から、その犬の寿命がつきるまで毎日お散歩をして、最期までしっかりお世話をする覚悟ができています。猫好きな方たちですから犬だけでなく猫も欲しい、両方を迎えるためにはどうすれば最適か、その順番から性別まで計画し、迎えた後も、自分たちの都合より犬猫の幸せを大切に暮らしていることが、文章のあちこちから漏れ出ています。

なんて理想的な夫婦♪

本の話題以外にも、いろいろ出てきます。私の知らないことがたくさん。たとえば「一国の文化や経済その他の充実度を知るには、婦人の地位や境遇を見れば一目瞭然、と言ったのは福沢諭吉だったと思うが(page11)」あら福沢諭吉ってそんな視点も持っていたのね、これは覚えておこう!けれど出久根氏は、雑誌も同様だといいます。古雑誌を見れば、その時代の空気を濃厚に読み取れると。これには私も、雑誌以上に世相を如実に反映するものはないだろうと頷きます。

ありがたいのは、現在はネットが発達していること。だから例えば文中に、北条きよ美の歌う『人生舞台』がでてきたとき、私は申し訳ないけどこの歌手も歌も知らなかったのですが、ただちに検索して動画を視聴。こういう楽しみ方もできる時代になったことを感謝。

猫好きな方、本好きな方、それから、平成以前の昭和の東京が懐かしい方、ぜひこの一冊をどうぞ。ふた時代前の香りがします。

出久根達郎『本があって猫がいる』

出久根達郎『本があって猫がいる』

 

※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。

 

『本があって猫がいる』

  • 著:出久根達郎(でくね たつろう)
  • 出版社:株式会社 晶文社
  • 発行:2014年
  • NDC:914.6(日本文学)随筆、エッセイ
  • ISBN:9784794968562
  • 262ページ
  • 登場ニャン物:パルル
  • 登場動物:

 

著者について

出久根達郎(でくね たつろう)

1992年『本のお口よごしですが』で講談社エッセイ賞を、翌年『佃島ふたり書房』で直木賞を受賞。他に『隅っこの四季』、『作家の値段』、『七つの顔の漱石』、『雑誌倶楽部』、『短篇集半分コ』他多数。

(著者プロフィールは本著からの抜粋です。)


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