平岩由伎子『猫になった山猫』

日本猫保存運動に情熱を傾ける平岩氏の猫の本。
著者の平岩由伎子氏は、犬の研究家で猫の本も残した故平岩米吉氏の娘。日本猫の保存活動家として知られている。そのような氏の本だから、本が発行される前から予約していた。
読み始めて、「あれ、これは犬の本か?」と感じた。いや、犬の話は出てこない。最初から最後まで猫の本なのだが、何か行間からにじみ出てくる著者の視点というか、考え方というか、姿勢が、まるで犬の本を読んでいるかのように感じられたのだ。平岩米吉氏の娘という先入観のせいかとも思ったが、どうもそうではないらしい。
例えば、「日本猫の短尾は先端が縮み醜くねじれ屈曲していることが多い・・」とか「これが猫なのだろうかという、お化けのような例・・・」などという表現がぽんぽん出てくる。きわめつけは、猫の狩猟方法を「人や犬との対極にある陰性の狩り」だと言っている。
このような、負の表現・・・「醜くねじれ屈曲」とか「お化け」とか「陰性」とかのような、マイナスのイメージが強くでてくるような言葉選びは、普通の猫愛好家達はまずしないだろう。おそらく、「先端が縮み複雑に折れ曲がって」とか「ユニークで個性的な色模様の子達」とか「人や犬と対極にある待ち伏せ型の狩り」というような表現を選ぶのではないだろうか。
意識的にマイナス表現を避ける、とかいうのではなく、猫に魅せられてしまっていて、よほど無理にひねり出さないかぎり、猫に関してマイナス表現なんて思いつかない頭構造になってしまっている、という人が多いように思われる。
そのような人たちの書いた本を多く読んできた私から見ると、この由伎子氏の表現はかなり奇異に感じられた。どうも由伎子氏には、厳然たる理想猫像があって、それにそぐわない猫は減点法で採点されてしまっているかのように思われた。そのような視点は、犬や馬の本ではごく普通に見られるもので、だから「まるで犬の本を読んでいるよう」に感じられたのではないか。
猫にも勿論「理想猫」を追い求める熱心なブリーダーは多い。が、猫の場合、例えチャンピオン血統のチャンピオン猫を飼っている人でも、「あ~ん、この雑種ちゃん、きゃわいい~」なんて人が少なくなく、「猫でさえあれば何でも良い」人が多数派をしめるのではないかと思う。
いや、別にネコ嫌いの人がネコの本を書いたってかまわないとは思う。が、由伎子氏はご自分で「(猫達との)生活に我を忘れて惹きつけられのめりこむことになった」と書いておられるので、そのつもりで読んでしまったから、強い違和感を覚えずにはいられなかったのだ。
猫の本なのに表紙がイノシシというのもかなり違和感を覚える。意図はわかるのだが、これは猫の本でしょ、と、いいたくなってしまう。このイノシシの写真は口絵にも出てくるのだから、本の表紙は猫でいって欲しかった。

平岩由伎子『猫になった山猫』
それから、「漢字表記の方がなじみやすいだろう」という理由で、動物はすべて漢字表記になっているが、これも私にはかえってなじめない。生まれて初めて見たときから「イリオモテヤマネコ」は「イリオモテヤマネコ」とカタカナ表記だった。突然「西表山猫」と漢字で書かれても全然ピンとこないのだ。
《管理人注:内閣告示第三十二号(昭和21年11月16日)で「動植物の名称はかな書き」と決められるも、昭和56年10月1日付けで廃止された。しかしかな書きは習慣として今でも一般化している。》
しかし、後半の、特に子猫を育てる記録などはさすが平岩氏の娘さんと思わせる観察眼で、学ぶところが多かった。
前半の猫のルーツなどは色々な本にさんざ書かれているのだから、目新しい所は正直、あまりない。最初から最後まで後半のような観察記録だったらどれほど良かっただろうか、などと言ったら由伎子氏に怒られるだろうけれど、でもそれが私の正直な感想。
(2002.6.8)

平岩由伎子『猫になった山猫』裏表紙。こちらが表紙なら猫の本としてわかるのだが。
※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。
『猫になった山猫』
- 著:平岩由伎子 (ひらいわ ゆきこ)
- 出版社:築地書館
- 発行:2002年
- NDC:645.6(家畜各論・犬、猫)
- ISBN: 4806712418 9784806712411
- 219ページ
- 口絵
- 登場ニャン物:ツーツーカリハ、吉兵衛
- 登場動物:-
目次(抜粋)
- まえがき
- 前篇 猫の歴史と日本猫の保存運動
- 第1章 猫の歴史
- 第2章 日本への渡来
- その他
- 後篇 私の見た猫たちの生活
- 第1章 砂漠で生まれた猫
- 第2章 生殖のパターン
- その他
- 終章 山猫は猫になってどう変わったか
- (図版目次)