喜多喜久『猫色ケミストリー』
男が女に、女が猫に、魂が入れ替わり・・・!。
菊池明斗は計算科学系の大学院生。人付き合いが苦手というより不可能に近く、9年間も誰ともまともな会話をしていない。友人もいないし、同級生の名前もろくに知らない。コンピューターを相手に黙々とキーボードをたたくだけの毎日だ。唯一の友達は、構内に住みついている猫。
その日も、同級生と同席するのが嫌で、わざと時間をずらせて昼食に向かった。頭上にはどす黒い雲が広がっていた。今にも雨が振りそうだ。
偶然、辻森スバルが通りかかった。有機化学系の女子大生で、修士論文のための実験に追われる毎日。いちおう同級生だが、話したことなんかない。そのスバルが、菊池明斗の足元にいる猫を見て、撫でたいと話しかけてきた。
その瞬間。強烈な光、轟音、突き上げるような激痛。落雷だ。
そして、つぎに気が付いたとき、・・・明斗はスバルに、スバルは猫になっていて、そして、明斗の肉体は昏睡状態に陥っていた。・・・
* * * * *
魂が入れ替わる話はフィクションの世界では珍しくありません。親と子、赤の他人、男と女、老人と子供。でも、男子学生と女子学生と猫という三角関係で入れ替わる、というのはあまり無いのではないでしょうか。
舞台はもっぱら「三浦研究室」での実験。ときどき病室やスバルの自室。著者の喜多喜久氏は、大学院で薬学を収めた後、大手製薬会社の研究員として勤務していたとだけあって、化学実験の手順など詳細に説明されています。化学実験なんて、中学時代の理科実験くらいしか経験のない私でも、なんとなく雰囲気がつかめて、そのリアリティーさがとても面白かったです。やはり想像で書くのと実体験に基づいて書くのでは全然違うよね、なんておもっちゃう。
さて、男性の明斗が女性のスバルになっちゃったといっても、同じ大学院の同級生同士、混乱しつつもなんとかこなしていきます。そしてスバルは外見は猫になっちゃうわけですが、中身はまったく人間のままです。猫としての行動とか苦労とかはほとんどありません。せいぜい、猫の目を活かして暗いところで監視とかする程度です。ですから、いかにも猫っぽい猫を読みたい人にはちょっと残念かもしれませんが、そんなかすかな失望なんて軽く吹き飛ばされるくらい、面白い一冊になっています。
魂が入れ替わるという、一般的に「非科学的」とされている現象と、大学院生の厳格な化学実験。このふたつを合わせるとどうなるのか?ただの学生に過ぎない二人、いえ、一人と一匹に、元の体に戻る方法を見つけられるのか?
ミステリーの分野にはいるのだろう小説ですが、誰も殺されないのが良いですね。血みどろ事件なんて無くても、面白いミステリー小説になる良い例だと思います。おすすめ。
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『猫色ケミストリー』
- 著:喜多喜久(きた よしひさ)
- 出版社:株式会社 宝島社
- 発行:2013年
- 初出:2012年宝島社単行本『猫色ケミストリー』
- NDC:913.6(日本文学)小説
- ISBN:9784800209696
- 343ページ
- 登場ニャン物:無名
- 登場動物:-