奥泉光『ビビビ・ビ・バップ』
2029年、人類を襲った大感染(パンデミック)。
かつて世界中が恐怖の坩堝に落とされたことがある。「29virus」による大感染(パンデミック)。
そのウイルスの感染力は絶大だった。出所も対処法もわからなかった。とてつもない感染力と、恐ろしい破壊力。そう、そのウイルスの感染相手は、ヒトではなく、電脳(コンピューター)。
なんだコンピューターウイルスか、などと侮ることなかれ。なにしろこのウイルス、
世界中の電脳(コンピューター)が狂い、ほとんどのデジタル機器が停止し、ネットワークが暗死(中略)少なく見積もって二千万の人間がそのせいで死亡したと推計される(以下略)page50
2千万人もの人命と、膨大なデータが失われた結果、文明の進展は百年も遅れたといわれている。しかも、その後何十年たっても、いまだに誰も「29virus」を解明できない。当然ながらワクチンも開発されない。
それでも。
デジタル技術IT技術は復活しさらに進展して、大感染(パンデミック)から約70年、まもなく22世紀を迎えようとしている今、人々は2029年当時とは比べ物にならないほど、コンピューターに依存した生活を送るようになっていた。人々は直接会ったり旅行したりするかわりに、ほとんどを3Dアバターやバーチャルで済ませ、食べ物も着るものもコンピューターまかせ。今また「大感染(パンデミック)」がおこったら、今度こそ人類はなすすべなく滅亡死滅していくだろうという、漠然とした不安はあるものの、「まあ大丈夫でしょ」と根拠なく楽観して、考えずにすごしている。
さて、本著のヒロイン、木籐桐(きとうきり)は34歳。結婚歴も出産歴もない。芸名は「フォギー」。音響設計技師として収入を得ている。ピアニストでもある(彼女によればこちらこそ本職)。それもモダンジャズなどという古風な音楽を、昔ながらのアコースティックピアノを使って人々の前で生演奏するという、おそろしく古臭い手法にこだわっている女だ。もちろん電脳技術(コンピューター)には生活の隅々までお世話になってはいるけれど、技術的なことはなにもわからない。
そんな彼女をなぜか特別に贔屓してくれる老紳士がいた。大企業モリキテックの社長、山萩貴矢(やまはぎたかや)氏。大のジャズファン。生身の友人もいる。ひとりはプロの将棋指しなんていう、これまた恐ろしく古臭い職業の(が年齢はフォギーより年下)、芯城銀太郎(しんじょうぎんたろう)という男。もうひとり、王花琳(ワンファリン)は20歳という若さでありながら、山萩氏一押しの電脳技術者になるほどの、折り紙付きの天才。
この、機械音痴女と、昭和オタク男と、若き超天才が、再度迫りくる「大感染(パンデミック)」に直面!東京・南アフリカ・インド洋・さらにあらゆるバーチャル空間を走り回り、飛びまわり、跳ね回る!危機回避のキーとなるのは、にゃんと、子猫のアンドロイド?
* * * * *
読みでのある一冊です。
825ページの分厚い本というだけでなく、なんというか、内容的にもみっしり詰まっている感じがあります。その理由の一つに、漢字の多さがあると思います。電脳空間(サイバースペース)・分身(アバター)・昇降機(エレベーター)・頭蓋覆い(ヘルメット)などなど、おどろくほど多くの単語が漢字の熟語で、そこにいちいちカタカナのルビがふってあります。22世紀直前という近未来の話でありながら、1960年代の昭和的雰囲気も同時に色濃く漂っているのは、昭和の描写が多いからだけでなく、この漢字使いの巧妙さもあるでしょう。
ジャズファンにはたまらない本でしょう。主人公はジャズピアニストなどというあまりに前時代的で古めかしい女性、本のそこら中にジャズエッセンスがちりばめられています。残念ながら私はジャズにはとんと興味がなく、タイトルの「ビ・バップ」というのがジャズ用語であることも知らなければ、エリック・ドルフィーというジャズ演奏家も初耳で検索したというありさまで、つまり、鼻風邪で鼻づまりの人間が超有名香水店を訪れたようなもの。スタッフの人たちも全員上品で良い雰囲気ね~とか、香水の瓶っておしゃれね~なんて的外れな感想しか述べられないのと同じ、とまあ、それが残念。
でも、主要登場人物の山萩貴矢は昭和時代が好き。だから疑似現実(ヴァーチャル)世界では、あらゆる昭和エッセンスが飛び出てきます。落語の五代目古今亭志ん生に、将棋の大山康晴十五世名人、自由を叫ぶフーテン族やデモ隊、さらにゴジラやウルトラマン、エトセトラエトセトラ・・・と、1960年代~の昭和に流行ったありとあらゆるものがごった返してごった煮状態。年金受給世帯には懐かしやのオンパレード、きっと手を打って喜ぶことになるのでは?(私も生まれてはいたけれどこれまた残念ながら記憶に残すにはちょっと幼すぎました)
解説にはこうあります。
“おもちゃ箱をひっくり返したような”という形容がありますが、そのデンで行くと、本書はさしずめ、おもちゃ工場を一ダースばかありまとめて爆破して、その中身を東京ドームにぶちまけたような小説である。AI、仮想現実、アンドロイド、テレロボティクス、人格のデジタル化、コンピュータ・ウイルスなど、いまどきのSFネタを全部盛りにしたうえに、古今東西の実在夕面人をいろどりみどりにトッピングする、ぜいたくきまわりない近未来冒険SFエンターテインメント巨編。
page823
本当にもう、まさにその通りで、全部突っ込んであります。しかもその突っ込み方が、ギュウギュウ押し込んだって感じで、もしこれが『グイン・サーガ』の栗本薫氏なら同じ内容で30巻はいっちゃうな、ってくらいで。こりゃ読者より誰より著者がさぞ楽しかっただろうなと思わずにはいられない作品。
で、猫ですが。
子猫型アンドロイド「ドルフィー」はキーパーソンならぬキーニャンではありますが、ほとんど出てきません。小説の語り手がこのドルフィーということになっていますけれど、夏目漱石『吾輩は猫である』と違い、数か所で思い出したように”語り手は猫である”旨の表記がある程度で、正直、この役目を猫に負わせる必然性はぜんぜん感じらませんでした。活躍もしません。他の多くの猫小説では、本編で猫がほとんど出てこなくても、肝心要のここぞという場面で獅子奮迅ならぬニャンコ奮迅な活躍がみられる場合がよくあり、私もそれを期待したのですけれど、何もありませんでした。これでは「猫小説カテゴリー」にはいれられません。
なお、「大感染(パンデミック)」関連で、・・・思いがけない名前がちらりと登場します。「志村けん(1950~20XX)」(page258)さん。未来の話ですから志村さんが亡くなられている設定は当然なんですが、なんかこの「20XX」ぐっときちゃいますね。日本の新型コロナが当初けっこう抑えられていたのは、間違いなく、志村さんの影響が大きかったからというのも理由の一つに違いないと、改めて思う今日この頃です。ご冥福をお祈りします。
※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。
『ビビビ・ビ・バップ』
- 著:奥泉光(おくいずみ ひかる)
- 出版社:株式会社講談社 講談社文庫
- 発行:2019年
- 初出:2016年 講談社より単行本として刊行
- NDC:913.6(日本文学)小説
- ISBN:9784065157138
- 829ページ
- 登場ニャン物:ドルフィー
- 登場動物:
目次(抜粋)
CHAPTER1 開幕――大正池に郭公(かっこう)は啼く
CHAPTER2 The First Session with Dolphy
CHAPTER3 密室と封じ手の謎
CHAPTER4 新宿ワンダーランド 1969
CHAPTER5 Dream Team of Jazz All Stars!
CHAPTER6 海にて
CHAPTER7 世紀末新宿/赤き死の跳梁
CHAPTER8 閉幕――宇宙の音楽
解説 大森望