中島敦『山月記』

中島敦『山月記』

 

虎に変身してしまった男の運命。

文庫本にして、わずか9ページの短編だ。
しかし、これほど格調高い動物小説が他にあるだろうか。

いや、これを動物小説と呼ぶべきではないだろう。
虎の姿こそしているが、その実は虎に変身してしまった李徴という男の話であり、虎という動物は李徴の精神の具象化にすぎないのだから。

が、虎の小説といえば、私は常に真っ先にこの短編を思い出す。
おそろしくインパクトのある作品だ。
一度読めば頭の隅にこびりついて、なかなか忘れられたものじゃない。

舞台は古代中国。
深い漢学の知識と、現代人の本質を見抜く鋭い目で、知識人の奢りと孤独を容赦なく暴き出す。
60年前の作品だが、内容的には、むしろ現在の恵まれすぎた若者達にこそより一層あてはまりそうな、人間の本性をズッキリと切り裁いたものだ。

「我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心・・・」

これこそ現在の若者(および大人達全般)が根底に隠し持っている精神構造そのものではないか?
現在の日本全体が、この「臆病な自尊心と、尊大な羞恥心」にあふれていないか?

この李徴の話を読んで、己とは無縁と言い切れる日本人が果たして何人いるだろうか?

中島敦の文章は、ふわふわで無内容なエッセイ集や漫画しか読まない人達には、少し堅苦しく思われるかもしれない。
しかし、たった9ページだ。
このくらいなら楽に読めるだろう。
私などには、その格調の高さは、心地よい脳内カタルシスとしての役割を果たしてくれる。
頭がしゃっきりするような気がする。

同じように人間が異形に変身する作品に、カフカの『変身』がある。
しかし、グレゴール・ザムザがなぜ自分が毒虫に変身してしまったのか、最後までついに理解できなかったのに対し、李徴ははっきりとその理由を自覚している。

両作品とも、時代や人種を超えて人間存在のあり方を根底から問うものとして面白い。
是非両方とも読んでください。
どちらも超お勧めです。

(2002.6.22)

中島敦『山月記』

中島敦『山月記』

 

※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。

 

『山月記』
「李陵・山月記」収録

  • 著:中島敦(なかじま あつし)
  • 出版社:新潮文庫
  • 発行:1969年
  • NDC:913.6(日本文学)小説
  • ISBN:(改版)9784101077017
  • 218ページ
  • 登場ニャン物:虎
  • 登場動物:-

 

著者について

中島敦(かなじま あつし)

1909-1942年。東京に生れる。東京帝国大学国文科卒。横浜高女で教壇に立つ。宿痾の喘息と闘いながら習作を重ね、1934年、「虎狩」が雑誌の新人特集号の佳作に入る。’41年、南洋庁国語教科書編集書記としてパラオに赴任中「山月記」を収めた『古譚』を刊行、次いで「光と風と夢」が芥川賞候補となった。’42年、南洋庁を辞し、創作に専念しようとしたが、急逝。「弟子」「李陵」等の代表作の多くは死後に発表され、その格調高い芸術性が遅まきながら脚光を浴びた。享年33。

(著者プロフィールは本著からの抜粋です。)


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