戸川幸夫『虎を求めて』

戸川幸夫『虎を求めて』

 

副題「インド野生紀行」。戸川幸夫氏の18年にわたる虎追っかけの記録。

昭和43年(1967年)、インド北部のラジャスタン州ブンディ王国で、そこのマハラジャ(王様)に招かれて、虎狩りに参加した話から始まる。当時のインドはイギリスから独立してまだ間もないころで、今のインドとはずいぶん違う。マハラジャの宮殿の壮麗さもすごい。
とはいえ戸川氏は殺生は嫌いだから、虎を殺そうとはしゃぐ周囲の中で氏ひとりだけ「カメラ・ハンティング」である。つまり野生動物の撮影と観察が目的である。現代でこそトレイルカメラ等を駆使して無人観察も可能だけど、50年前は野生の虎を見たければ自ら密林に踏み込まなければならなかった。そして、外国に短期滞在しかできない場合、野生の虎に会う一番の近道はベテランの虎狩りに参加することくらいしかなかった。

日本人団体のインドでの最初の狩猟対象は沼鹿だった。それを見物した氏は動揺を隠せない。

“惨い!これは狩りでもスポーツでもない。ただの虐殺だ”
と私は感じた。
私は殺生はしない。だからと言って法律で認められている以上、ハンティングを全面的に攻撃する者でもない。しかし、ハンティングがスポーツであるなら、やはりスポーツ精神に則っての狩猟であるべきだと思う。
鹿を撃つのなら自らが森の中に分け入って苦労して獲物と対決すべきだろう。
page34

まったくもって仰る通り。我が身はあくまで安全無事の側に置きながら、他者様の命を遊びで奪おうなんて、本来許されるべき行為ではない。なのにどうだ、ちょっと新型コロナが流行っただけで、世界中がアタフタ、アタフタ・・・と、コロナの話は置いておいて。

戸川氏は、ブンディ王ハバム・シン殿下との会食中に、ぶしつけと思いつつ、尋ねてみる。これまでに殿下が獲った虎の数はどのくらいかと。

殿下はちょっと考えて、
「そう、私が個人で獲ったのは五百頭と少しでしょうか・・・、他の人と共同で獲ったのはその倍くらいになりましょう」
page19

こんな勢いで狩られては、虎が絶滅の危機にまっしぐらだったのも当然である。

戸川幸夫『虎を求めて』

戸川幸夫『虎を求めて』

けれども意外にも、殿下は実は殺生を好まない人でもあった。マハラジャという立場上仕方なく、虎等の獣たちを狩って、武器(も資産も何も)持たない人民を守る必要があっただけで、虎が減った今、虎狩りはもうしないどころか、虎が近く保護動物となることを願ってさえいた。

そんな殿下だから、たちまち戸川氏と意気投合し、国境を越えた友情で結ばれる。

その後、殿下の予想通り、虎は保護動物となり、インド各地の保護区や国立公園で厳重に守られるようになった。虎は狩るものではなく、見るものになったのだ。

戸川氏はその後も何度もインドに出かける。象の大群に追われたり、インド犀を観察したり、豹を求めてスリランカに渡ったり、野生の熊を極近いで観察する幸運に恵まれたり。インドでのサファリは(少なくとも昔は)象の背中からというのが多いが、当初は象の背に座布団が敷いてあるだけで、乗るだけでも技術が要った。梯子を掛けないと登ることさえできない高い背中である。さらにその背中の上まで届くほどのエレファント・グラスが、インドの湿原には生えている。その硬いカヤをかき分けかき分け野生動物を探すのである。日本のお気楽なサファリパークとは世界が違う。

しかし、戸川氏の文章は、サファリが過酷であるほどなぜか楽しそうだ。夜の真っ暗な草原を素足で(靴では音がでる!)虎の餌場まで横断したり、狭い隠れ場所で虫に刺されながら、何時間もじっと身動きひとつせずに虎を待ったり。怖いだの不気味だのと書きながらも、どことなく筆が弾んでいる。

いやあ、すごいですねえ。でも、野生動物を見たければ、そのくらいはしなくちゃね!

最後の章は昭和61年のこと。この章では氏の落胆が短く語られているだけですが・・・

戸川幸夫氏の情熱に感嘆しつつ、人間と動物たちとの付き合い方、さらに地球全体のことについて、あらためて考え直させられました気持ちです。「かわいい猫ちゃん」なんてものはどこにも出てきませんが、大自然が好きな方、野生動物に関心のある方には超お勧めな一冊。

戸川幸夫『虎を求めて』

戸川幸夫『虎を求めて』

 

※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。

 

『虎を求めて』
インド野生紀行

  • 著:戸川幸夫(とがわ ゆきお)
  • 出版社:講談社
  • 発行:1989年
  • NDC:489.53(哺乳類・ネコ科)
  • ISBN:406202392X 9784062023924
  • 317ページ
  • モノクロ
  • 登場ニャン物:ベンガルトラ、ヒョウ
  • 登場動物:インドゾウ、ウシ、インドサイ、スイギュウ、ラングール、ドール、ナマケグマ、サンバー、アキシス鹿、インドガビアル、他多数

 

目次(抜粋)

第1章 ブンディ最後の虎狩り
第2章 象群の襲撃
第3章 スリランカの豹
第4章 仔牛無残
第5章 ブータン潜入
第6章 白い虎
第7章 熊と人情、虎と人情
第8章 インドの木賃宿
第9章 サンカラ博士
第10章 魔風、虎を呼ぶ?
第11章 虎、人を許す?
第12章 虎穴探検
第13章 虎はどうなる?
あとがき

著者について

戸川幸夫(たがわ ゆきお)

昭和2年東京日日新聞社(現毎日新聞社)入社。昭和29年『高安犬物語』で直木賞受賞。昭和30年毎日新聞社を退社、作家生活にはいる。昭和40年沖縄西表島で新属新種の山猫を発見、「イリオモテヤマネコ」と命名。昭和53年芸術選奨文部大臣賞受賞。昭和56年動物文学の功績により紫綬褒章を受章。昭和60年度「児童文化功労者」に選ばれる。
主な著書に『高安犬物語』『牙王物語』『人喰鉄道』『山岳巨人伝』『マタギ』『サバンナに生きる』『戦場への紙碑』他多数。

(著者プロフィールは本著からの抜粋です。)


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戸川幸夫『虎を求めて』

7.7

動物度

9.0/10

面白さ

8.5/10

猫好きさんへお勧め度

5.5/10

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