戸川幸夫『イリオモテヤマネコ』
戸川幸夫動物文学セレクション5。
1965年、世界中が仰天した。
日本国内で、未知のヤマネコが発見されたからである。
しかもそのヤマネコ、新種のヤマネコというだけでも大変なニュースなのに、なんと‘種’のひとつ上の‘属’レベルで新しい、新属新種らしい!?
シーラカンスのように、海の中とでもいうなら、まだ分かる。
しかし このヤマネコの生息地は、西表島という、面積わずか約289平方kmのちっぽけな島。
人間も住んでいる。
そんな島に、非常に原始的なヤマネコが棲息しているのが、今頃発見されたという。
世界が驚くのも無理はない。
発見したのは、戸川幸夫氏。
動物文学で有名な作家だが、当時は毎日新聞の記者だった。
「未知」とか「発見」とか書いたけれど、これはあくまで学問上の話であって、西表島の住民達はもちろんヤマネコの存在は知っていた。
イノシシ罠にヤマネコがかかれば毛皮のまま焼いて食ったりもした。
資源も産業もない島では、ヤマネコは貴重なタンパク源のひとつだった。
しかしそれ以上の存在ではなかった。
これほど学問的価値のある動物とは誰も夢にも思わなかった。
ヤマネコの噂を聞いた戸川氏が、苦労して毛皮と頭骨を手に入れ、学者達の鑑定にゆだねるまでは。
なぜ、戸川氏がヤマネコを発見できたのだろうか。
新聞記者としての飽くなき探求心や、運や偶然もあっただろうが、それに加えて、作家としてのロマンが日本動物史史上最大といえる発見に貢献したのではないかと私は思う。
そんな小さな島にヤマネコなんているわけがない、野生化したイエネコだろうと誰もが思っていた中、戸川氏だけは真剣に探した。
住民の言葉を信じ、自らジャングルの中を歩き回って探した。
その熱意にあらためて拍手を送りたい。
また、琉球大学の高良鉄夫教授と、国立科学博物館動物研究部長の今泉吉典博士(いずれも当時)、そのほか、戸川氏に協力した現地の人々の力も大きかった。
特に高良教授の、私欲を捨てた、高潔な人格には心打たれる。
これこそ本当の学者だ、まさに学者の鏡だと感服する。
この本は、イリオモテヤマネコ発見のドキュメンタリーである。
またイリオモテヤマネコ飼育記録でもある。
ヤマネコの存在を知っている我々でさえ、読んでいる間は、発見できますように生け捕りできますようにと祈るような気持ちになる。
小さな頭骨を手に入れたときは、戸川氏と一緒になって喜ぶ。
また、飼育中のヤマネコが猫風邪を引けば、早く治るようにとハラハラする。
しかし、それだけではない。
戸川氏は、西表島の人々の歴史や苦労をも、本著の中で描ききった。
それは、東京などの都会で暮らす人間には想像もできないような、苦しく辛く悲惨な歴史だった。
絶海の孤島で生活するとはどういうことか。
彼ら住民の存在なくして、イリオモテヤマネコは語れない。
「新種のヤマネコ発見」に浮かれること無く、住民の思いまで書き込んだ戸川氏の力量や視野の広さはさすがというほか無い。
ただの「専門バカ」的な学者ではなく、戸川氏がイリオモテヤマネコの発見者となってくれたことを、感謝したい気持ちにすらなる。
なお、この本には表題『イリオモテヤマネコ』のほか、『骨の影』『こよりの犬』の2短編が収録されている。
中でも絶滅種ニホンオオカミを扱った『骨の影』は、『イリオモテヤマネコ』と合わせて読んでますます興味深く感じられる作品である。
(2008.10.30.)
※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。
『イリオモテヤマネコ』
戸川幸夫 動物文学セレクション5
- 著:戸川幸夫(とがわ ゆきお)
- 監修:小林照幸(こばやし てるゆき)
- 出版社:ランダムハウス講談社文庫
- 発行:2008年
- NDC:913.6(日本文学)小説
- ISBN:9784270102213
- 379ページ
- 登場ニャン物:イリオモテヤマネコ
- 登場動物:ニホンオオカミ、犬
目次(抜粋)
イキオモテヤマネコ
骨の影
こよりの犬
解説 小林照幸