芥川龍之介『お富の貞操』
お富の選択は?
ごく短い短編だ。
しかし、猫がきちりと描かれている。
龍之介の文章はうますぎて、ストーリーが勝手に流れていってしまうような感があるが、それが有る所でカタンと止まる。
ハッと息を飲んでしまうのである。
特にお富と同年輩の若い女性なら、思わず背中がゾクリと凍り付くような思いがするに違いない。
それをお富が、はらりと払いのけて見せたとき、果たして自分にも同じ覚悟があるかどうか、猫の飼い主なら必ずおのれの胸に問わずにはいられないだろう。
勿論、お富の行為が、純粋に猫好きなためか、それとも明治娘の雇い主に対する忠心から出たものに過ぎないのか、または単なる意地か、それは分からない。
むしろ読んでいる最中は最後だと思えるのである。
しかし、読み終わってじっくり思い返してみると、やはり余程猫を大切に思う気持ちがない限り、できないであろう行為であったことが分かってくる。
ひとつだけ気になるのは、この三毛猫が「大きい牡」とされている点だ。
龍之介は、三毛のオスが非常に希な存在であることをご存知だっただろうか。
知っていたならば文中にそれを示唆する語句が出てきそうなものだが。
また、この作品中でも、他でも、龍之介の猫のイメージは常に女と結びついているらしいのに、いざ猫を出した時は牡猫、というのもなんか矛盾しているようで。
あるいは、猫の性別まで牝にすると、あまりに艶めかしくなりすぎるからだろうか。
あえて穿った見方をすれば、雄の三毛猫が希少な存在だからこそお富はあんな決心をしてまで猫を取り戻そうとしたのだ、と深読みすることさえ可能かもしれないが、・・・でも、違うだろう。
だって、それでは推理小説になってしまう。
芸術至上主義の芥川龍之介の作品、これは純文学のはずだ。
ところで、他の龍之介作品では、『あばばばば』(新潮文庫では『お富の貞操』と同じ本に収録)に、猫ではないが印象が猫そっくりな女、というのが出てくる。
それから『動物園』という作品にも猫が出てくるらしいが、まだ読んでいないので分からない。
(2002.4.10)
※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。
『お富の貞操』
『戯作三昧/一塊の土』収録
- 著:芥川龍之介(あくたがわ りゅうのすけ)
- 訳:姓名(ひらがな)
- 出版社:新潮社 新潮文庫
- 発行年: 1968年
- NDC : 913.6(日本文学・近代小説)
- ISBN : 9784101025056(戯作三昧/一塊の土)
- 332ページ
- 登場ニャン物 : 三毛
新潮文庫『戯作三昧・一塊の土』目次
- 或日の大石内蔵助
- 戯作三昧
- 開化の殺人
- 枯野抄
- 開化の良人
- 舞踏会
- 秋
- 庭
- お富の貞操
- 雛
- あばばば
- 一塊の土
- 年末の一日
- *注解
- *解説 吉田精一