藤田紘一郎『踊る腹のムシ グルメブームの落とし穴』
「獅子身中のサナダ虫」改題。
寄生虫博士、藤田紘一郎氏のおもしろ医学エッセイ。
寄生虫、と聞いて、普通はどう思うだろうか。
「うわあ、イヤだ」「気持ち悪い!」という反応が多いのではないだろうか。
藤田先生のところへ、ある大会社の部長さんがやってきた。お腹にサナダ虫が寄生しているのが発見されたのである。
藤田先生は、せっかく寄生してくれたのだからおろすな、と助言する。
部長さんは不満そうだ。自分のお腹なお中に白い長~~い寄生虫がいるというのだから、普通の人ならおろしたいだろう。
が、藤田先生の説得に従い、しぶしぶ帰宅する。
しかし、次の日にまた部長さんは来てしまった。男の部長さんはともかく、奥さんがどうしても耐えられないというのだ。
仕方なく、藤田先生は部長さんのサナダムシを駆虫してあげる。
それから、1年後。
またあの部長さんが訪ねて来た。トボトボと元気がない。そして言うことには、
「先生、もう一度あのサナダ虫を‘飼いたい’んです。どうすれば‘飼え’ますか?」
この部長さんがまた‘飼いたい’といったサナダ虫は、日本海裂頭条虫といって、サナダ虫の中でも特にヒトに寄生するように特別に進化した虫だった。
駆虫する前、部長さんは、身は軽く体調万全、男性としても元気いっぱいで、花粉症も出なかった。
ところが虫がいなくなると、部長さんはたちまち15キロも太り、中性脂肪やコレステロール値が異常に増え、高血圧症になり、さらに性欲まで衰えてインポになってしまったという。
それまで部長さんの健康を守っていたのは、実はあのサナダ虫だったのである。
藤田先生は力説する。
寄生虫は、全てが全て悪役というわけではない。清潔嗜好が強すぎて超清潔になってしまった日本社会はどこか病んでいる、と。
さらに、藤田先生ご自分も寄生虫に感染してみることにする。
選ばれたのは前述の「日本海裂頭条虫」である。
寄生虫の幼虫を苦労して手に入れ、自ら飲み込んでみる。さあこれでうまくサナダ虫を‘妊娠’できただろうか。
それからの先生の行動はまさに‘妊婦’だ。お腹をさすりながら、‘愛しい我が子’の成長を暖かく見守る。
お腹のサナダ虫に、キヨミちゃんだのヒロミちゃんだのと名前までつけるかわいがりようだ。
そのすったもんだが実に楽しく面白い。
もちろん、寄生虫の中には悪さをする虫も沢山ある。気をつけなければならない。この本では悪い虫も数多く紹介されている。
しかし、藤田先生の本を読んでしまったが最後、もう寄生虫を憎む気にはなれない。むしろ、寄生虫という存在の不思議さ奇妙さにどんどん惹かれていく自分に気がつく。
というより、自然界の不思議に惹かれる、と言った方がより正しいかも知れない。なぜ神様はこんな不思議な存在を作り賜うたのだろう。寄生虫とは実は、きわめて不便で弱い存在なのだ。それでも必死で生きている。ヒトの体の中で、ほかの生物の体の中で。
寄生虫に比べ、ヒトはなんて傲慢なのだろうと反省させられる本だ。
(2006.6.4)
※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。
『踊る腹のムシ グルメブームの落とし穴』
「獅子身中のサナダ虫」改題
- 著:藤田紘一郎 (ふじた こういちろう)
- 出版社:講談社文庫
- 発行:年
- NDC:460(生物化学、一般生物学)
- ISBN:4062736306 9784062736305
- 263ページ
- 登場ニャン物:-
- 登場動物:寄生虫たち
目次(抜粋)
第1章 アトピーにサナダ虫をどうぞ
やせた理由
きしめんのサナダ和え
ほか
第2章 僕もおなかに飼ってみました
跳んで気になる川の幅
こんな虫はイヤだ
ほか
第3章 おなかのなかで踊る寄生虫
僕の愛する「キヨミちゃん」
「よい・わるい」を超える
ほか
第4章 本当は恐い生魚・うまい魚
「ゲテもの食い」はなぜ流行するのか
プロレスラーを悩ませた「コブ」
ほか
第5章 本当はもっと恐い生肉
肉食の日本史
生のブタ肉が恐い
ほか
おわりに
文庫版あとがき
解説 小泉武夫