川西玲子『戦時下の日本犬』
かつて、日本犬は絶滅寸前だった。
あらすじ
明治維新後、洋犬がどっと日本に流入して在来犬と混血した。また日本人も舶来ものを好み、在来犬を「駄犬」として尊重しなかった。結果、みるみる日本犬が減っていった。
あわや日本犬が絶滅しそうになったとき、有志たちが立ち上がる。まさにギリギリなタイミングだった。
「日本犬保存会」が設立されたのは昭和3年(1928年)。メンバーはいわゆるインテリ層のほか、軍人や資産家も多く、全国的に国粋主義が台頭しつつある背景もあり、最初は大いに気を吐く。日本美の再発見である。
日本犬は不愛想でも素朴で、地味でも凛々しくて、不器用でも生真面目である。日本の気候風土の中で育まれた自然な色と、無駄がなく均整の取れた程よい体にこそ、日本の美がある。(中略)日本犬標準は「本質とその表現 悍威(かんい)に富み良性にして素朴の感あり」という言葉で始まっている。
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以後、日本犬について語ることは、日本人について語る事とほぼ同義になったと著者は書いている。そのくらい、当時の愛犬家たちの熱意はすごかった。
が、国は次第に、嫌な方向へ舵を切っていく。ついに戦争が始まり、やがて人間の食べ物も物資も何もかも不足し始めると、動物達の受難が始まる。犬も猫も無駄飯食いとして非難されるようになった。昭和18年(1943年)北海道で犬毛皮の供出が始まり、翌年にはそれに猫が加わる。軍国主義教育に利用された「忠犬ハチ公」の像も金属不足から溶解されてしまった。ついに昭和19年(1944年)「一切の畜犬はあげて献納もしくは供出」となってしまう。正確には対象は「軍用犬、警察犬、天然記念物指定日本犬、登録済猟犬以外の犬」とされていたにもかかわらず、どんな犬も、賞を受けた名犬まで、或いは盗まれ或いは無理解によりどんどん殺されてしまう。愛犬家たちは日本犬を山奥に隠したり必死にかばうが、どうにもならない。
中でも被害が大きかったのが「猪型甲斐犬」と「秋田犬」。猪型甲斐犬は、猪猟に特化した体型で代表的猟犬だったにもかかわらず、見た目が洋犬に似た「鹿型甲斐犬」の方が評価されたため、不用犬として供出されてしまった。そして秋田犬は大型でよく食べたため、最初にやり玉に挙げられたのだった・・・
感想
このような本を読む人は犬好き、それも日本犬の愛犬家の方が多いだろうと思います。
愛犬家にとっては、とても読みづらい、苦しい記述が多いです。楽しんで読める本ではありません。貴重な資料と覚悟して読まれた方がよいと思います。
昔の愛犬家たちの日本犬に対する熱い思いに感動すると同時に、戦争というものの悲惨さ・むごたらしさに震えてしまうでしょう。人間の身勝手さ、愚かしさに、憤りを覚えるでしょう。こんな状況で日本犬が(絶滅した種もあるにせよ)今まで生き残ってくれたことに感謝せずにはいられなくなるでしょう。
現在、ロシアとウクライナの間で戦争が継続中です。この戦争により、ある国が別の国に攻め入った場合、残念ながら、アメリカもEUも国連もどこもそれを止めることはできないことが証明されました。武器を送ることはできても、戦争そのものを止めることはできません。
しかも日本とロシアは、間に海があるだけの隣国同士です。また中国や北朝鮮も隣国です。ロシアは北方四島だけでなく「北海道の北半分までは本来はロシア領土だ」と言っているそうですし、中国は台湾を主張しています。北朝鮮は無意味にミサイルを飛ばし続けています。
今日の日本が平和だからって、この平和が永遠に続く保証はどこにもないのです。
愛犬家の皆様、どうかこの本を読んでください。そして「戦争」やそれに匹敵する社会状況が、愛する犬達にどれほどの苦難を与えることになるか、よく噛みしめてください。平和で自由な社会がどれほど貴重であるか、実感として理解してください。
どこの何をどう間違えても、決して、決して、決して、日本が再び戦争に巻き込まれることの無いよう、国民全員、ひとり一人がそれぞれ強い意志をもって、平和を強く望んでください。
と、同時に。
著者は最後のところで、もう一つの重大な懸念についても触れられています。日本犬とくに柴犬に迫る危機についてです。
(前略)柴犬は今どんどんトイプードルやチワワ、ポメラニアンのような洋犬小型に近づいているからである。きっかけは豆柴の登場である。豆柴は品種ではない。商品名である。 小さく、見た目をかわいくすることによって洋犬小型が持つ愛がん性に近づけ、市場価値を上げて高く売るために生み出されたものである。これが「成功」したことによって、さらに小さくした極小豆柴、それをもっと小さくした小豆柴まで出現した。もはや日本犬どころか、犬なのか玩具なのかもわからない、しかし豆柴は価格を高く設定できるから、一部業者がテレビなどと提携して盛んに宣伝し、売っている。 それが普及して、最近は普通の柴犬を「大きい」という人も出てきた。日本犬の本質が置き去りにされているのである。(後略)
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そういえば私も、ゴンを保護したとき、「中型犬」とチラシやサイトに書きました。内心では「小型日本犬」と思っているのですが、豆柴サイズを「小型犬」と思いこむ人があまりに増えてきたため「想像より大きい」の誤解を防ぐ為に「中型犬」と表現したのでした。
私は柴犬の小型化には大反対です。柴犬だけでない、どの犬種も今以上の小型化は断じてすべきではありません。極小チワワやティーカッププードルなんて可哀想すぎます。それこそ玩具じゃないのに、そんなに小さくしてどうすんのって思う。小さい動物が欲しいならモルモットやハムスターがいるじゃないですか。ゴールデンハムスターなら犬並みに懐きますよ。いえ、犬だってね、もし極小化で何も問題が生じないのであれば別に良いのです。でも生じるんです。体にものすごい負担がかかってくるんです。健康とは程遠い体になってしまうんです。自力で出産や生存ができない生物種なんて、生物としてあるべき姿じゃないのに。
この本は、本当に犬が好きな人でなければ書けない本だと思います。しっかり読んで、犬達動物達のことをあらためて考えてあげてください。
※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。
目次(抜粋)
- 序章 犬を供出せよ
- 第一章 忍び寄る暗雲の下で 日本犬保存活動始まる
- 第二章< 日本犬、第一回軍用犬耐久試験で大奮闘
- 第三章< 似っちゅう全面戦争開始 軍用日本犬論の台頭/li>
- 第四章 帝国議会に登場した犬猫不要論
- 第五章 犬と飼い主に対して強まる圧力
- 第六章 日本犬保存会、無念の活動停止
- 第七章 追いつめられる犬たち 守ろうとする人々
- 終章 焼け跡からの再出発
著者について
川西玲子(かわにし れいこ)
主要著書『歴史を知ればもっとと面白い韓国映画』、『映画が語る昭和史』、『戦前外地の高校野球 台湾・挑戦・満州に花開いた球児たちの夢』など。
(著者プロフィールは本著からの抜粋です。)
『戦時下の日本犬』
- 著:川西玲子(かわにし れいこ)
- 出版社:株式会社蒼天社 蒼天社出版
- 発行:2018年
- NDC:489.53(哺乳類・ネコ科)
- ISBN:9784490950230
- 265ページ
- モノクロ
- 登場ニャン物:-
- 登場動物:犬