米原万里『ヒトのオスは飼わないの?』

「春風献上。風の中に、ネコの毛たっぷり、
・・・ヒトの毛少々、それに赤茶のイヌの毛二~三本、混じっているかもしれません。」
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なんて文章を、年頭のあいさつとして年賀状に書くような猫好き犬好き、それが著者、米原万里さん。
この本の稿を書き起こした1998年1月、米原家の哺乳類の頭数は、ネコ6、ヒト2、イヌ1でした。猫好き犬好きの常として、捨て猫や野良犬を見つけてしまったら知らん顔はできません。その一方で、米原家の猫達は、外出自由な飼い方をされていました。当然ながらネコもイヌも増減を繰り返します。変わらないのはヒトのみ(結婚も出産もしないから・・・汗)。
その結果、あとがきの頃には、ネコ5、ヒト2、イヌ2となっていました。そんな顛末を、面白おかしく書いたのが、このエッセイです。
犬も猫も、保護の経緯がとても心暖まるようなエピソードばかりなのです。
たとえば、犬のゲン。著者は、原子力研究所のセミナーで通訳するために、東海村にいきました。向かう途中、特急列車の中で読んだ雑誌記事に心を痛めます。当時はシベリアンハスキーの大ブームが去った直後で、ハスキーの捨て犬があふれていました。著者はその中の一匹を我が子に迎えようかと、道中ずっと思案しながら旅していたのです。ところが、いざ研究所についたら、通訳仲間に、
「あなた、遠いハスキー犬より近くの駄犬よ」
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と意見されます。ホテルの庭に野良犬がいるというのです。
すったもんだの挙句、この野良犬を迎えることになるのですが、・・・どこが駄犬だ!こんな良い犬、笛と太鼓で探して回っても見つかるもんじゃないぞ、と、羨ましくなるくらいにすばらしい犬で。ブサイクだのなんだとも書いていますが、写真を見る限り、私好みのしぶいお顔立ち、実に良い犬であります。
無理ちゃんと道理ちゃんの保護も、なかなかハートウォーミングです。ある晩秋の寒い日、著者は御殿場の経団連ゲストハウスで、雨に濡れた子猫たちを見つけます。ゲストハウスの中に動物はいれてはいけない規則です。が、スタッフの人たちも、国際会議の各国出席者たちも、子猫たちのことが気になって仕方ありません。ついに著者が、連れて帰って飼うと宣言します。そのときの周囲の反応が、もぉ、最ッ高!
そのほか、『二十一世紀には、すべての過程に最低一匹の猫を』なるスローガンを掲げて活動しているロシア人女性や、運転中に愛猫を思い出して号泣するタクシー運転手、田舎に引っ越した超美人が飼う超フレンドリーな犬猫たち、ほか、楽しい話が盛り沢山。本当に面白い犬猫エッセイなんですが、・・・
私としては、残念な部分も少々あります。
まずは、猫たちが外出自由であること。昭和中期の著作とかならともかく、1998年から書き始められたエッセイ集で、完全室内(敷地内)飼育でないというのは、私としてはいただけません。
そして、それ以上に、ここに登場する獣医師にガッカリです。
最初はとても良い獣医師だと思ったのです。ある一点をのぞいては、最後まで、とてもよい獣医師なのです。ところがこの獣医師、室内飼育の猫の避妊手術には反対の立場なのです。その結果、その後迎えたターニャちゃんとソーニャちゃんは避妊手術されず、最初は完全室内飼育をしていた著者はやがて安易に外に出すようになり、そして、当然の結果を迎えます。ちょっと獣医師としてアリエナイ、と思ってしまいます・・・
このエピソードを除けば、文句無しにお勧めな動物エッセイなんですけれどねえ。これは米原さんではなく、獣医師の責任だと思うのです。専門家として、猫達全体の幸せのために、広い視野で一般飼い主を指導すべき立場にある人間なのですから。
飼い猫には避妊去勢手術してくださいね。完全室内飼育であっても。脱走・自然災害・いつ何があるかわからない世の中ですし、そもそも、発情のストレスはそれはつらいものなのですから。
※著作権法や肖像権に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。
『ヒトのオスは飼わないの?』
- 著:米原万里(よねはら まり)
- 出版社:(株)文芸春秋 文春文庫
- 発行:2005年
- NDC:914.6(日本文学)随筆、エッセイ
- ISBN:9784167671037
- 376ページ
- 登場ニャン物:ビリ、チビリ、王子様、ミー、無理、道理、シロ、ニーナ、ソーニャ、ターニャ、ほか
- 登場動物:ゲン、ノラ、モモ、ほか(犬)
【推薦:すみれ様】
米原さんのエッセイは好きだったのですが、まさかこの本が全編犬猫まみれとは!
きらいだったロシアも愛しく思えます。
登場わんにゃんの1人1人に深く思い入れをし、うるうるして詠みました。
おすすめです。
(2005.8.12)
*サイトリニューアル前にいただいておりましたコメントを、管理人が再投稿させていただきました。