桐野作人編『猫の日本史』
猫と日本人がつむいだ千三百年の物語
すばらしい本でした。最近はどうも、検索で集めた情報を繋ぎ合わせただけだろって本が多く、とくにこういう雑学系ではそんなのが目立っていましたから、あまり期待していなかったというのが正直なところです。ところがどっこい。この著者は全部原典にあたって、さらにその歴史的背景も自力で調べ盡して書いているとわかる内容となっています。
私自身『猫事典!』なんてサイトを作っていますから、情報集めは「必ず自分で確認してから」がどれほど重要か、多少ともわかっているつもりです。『猫事典!』はそもそも、自分の頭が全然信用できないから、せっかく得た知識をすぐ忘れても大丈夫なようPCに保存しておく、というのが一番の目的で作ったもので、どうせなら公開しちゃえのノリだったに過ぎません。が、世界に公開する以上は嘘は書けませんから、事実確認には全力を尽くしています。たとえば「『聖書』に猫は出てこない」はあちこちの本に書かれていることではありますが、それを確かめるためには、自分の目で全部読むのが一番確か。ですから読みました。旧約・新訳ともに、最初の一文字から最後の一文字まで。そこまでやって初めて安心して「『聖書』に猫は出てきません」とインターネット上に書けます。原典が入手できずどうしても孫引きとなるときは、どこのどの資料からの孫引きなのかも必ず書きます。
この本は、古今東西の文献をしっかり嚙み下し消化した上で、自由自在に引き出しています。これがどれほど膨大な作業を必要とするものか。古典と言っても、有名どころを調べるのは簡単なんです。『源氏物語』は確かに長いですが、現代語訳も抄訳も注釈書も山ほど出ていますし、漫画にも映画にもなっていて、誰だって簡単に調べることができます。けれども登場人物の裏話まで集めようとしたら、現代語訳どころかそもそも印刷物にさえなっていない文献にもあたらなければなりません。印刷物になっていないということは、あの古いボロボロなオリジナルを読まなければならないということで、それがどれほど大変な事か。私には絶対に無理です。
第一章 雅やかな平安の世に登場した唐猫
もちろん、まず最初に出てくるのが宇多天皇。猫を愛した天皇としても、また、日本史上最古の正当派猫記録としても、非常に有名な文献です。と、ここまでは「猫雑学系書物」ならどれにも書いてあること。本著はさらに深く突っ込みます。宇多天皇の置かれた状況とか、当時の天皇と臣下の関係とか、藤原一族のこととか、天皇家と猫の関係など、私の知らなかったことが沢山。
続けて花山天皇、昌子内親王、一条天皇、それから清少納言の『枕草子』。菅原孝標女『更級日記』の不思議な猫話ももちろん登場。平安時代の最後をしめくくるのは、藤原道長の子孫たちと猫の話。どれも興味深く読めて、当時の人々と猫たちの様子が、手に取るように描かれています。
第二章 中世・戦乱の時代t猫たち
血なまぐさいイメージの強い戦国時代にも、猫を愛した人は大勢いました。この時代って、平安時代の猫たちのように有名な猫はいないのですよね。平安時代の豊かな文学カルチャーが途絶えてしまった時期だからでしょうか。日記の隅にちらりと登場する程度の猫が多く、少々残念な時代ではあります。
とはいえ、戒名をつけてもらった猫もいましたし、お墓をたててもらった猫もいました。この時代でもっとも有名な猫といえば、島津氏の朝鮮出兵にお供した猫たちでしょうし、もちろん、その猫たちについても詳しい記載があります。特に、ちゃんと生きて戻った猫がいると知る事ができたのは嬉しかったですね。軍に従事させられる動物の多くは連れていかれっぱなし、戦乱で殺されるか、無事生き延びていても非情にも置き去りにされるケースが多いですから、ちゃんと連れ帰ってくれたというだけで島津氏への好感度2倍アップです。
第三章 太平の世を満喫した江戸の猫たち
江戸時代となれば、残された文献も多く、猫人口も増え、猫の登場回数は飛躍的に増えます。そんな中、曲亭馬琴・歌川国芳・山東京山の3人が大きく取り上げられてあるのは流石なチョイスだと思いました。猫の話ではありませんが、馬琴の最初の紹介が「曲亭(滝沢)馬琴」、その後は一貫して「曲亭馬琴」と表記されていることも好印象でした。馬琴の本名は「滝沢興邦」、ペンネームは「曲亭馬琴」、ですから混同して「滝沢馬琴」と呼ぶのは良くないと思うのです。そしてこのような細かな注意こそ、「この著者はちゃんと調べて書いているな」という信頼感にも繋がるというものです。
歌川国芳は言うまでもないでしょう、あの猫浮世絵の数々。皆様だって一度はご覧になったことがあるはず。そして山東京山といえば↓
もちろん、他の人々も紹介されています。一茶・其角・蜀山人等の猫句も多く紹介されていて、ついニマニマしてしまいます。猫たちの食事、墓、ご近所トラブルまで、よくもまあここまでと感心するほど網羅されていて、実に楽しく読めました。
猫好きさん、歴史好きさん、古典文学好きさん、さらにはクイズ好きさんにも。広くお勧めできる一冊でした。この本を読めば猫雑学博士になった気分になれます。ぜひどうぞ!
※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。
目次(抜粋)
- はじめに
- 第一章 雅やかな平安の世に登場した唐猫
- 第二章 中性・戦乱の時代と猫たち
- 第三章 太平の世を満喫した江戸の猫たち
- あとがき
『猫の日本史』
- 編集:桐野作人(きりの さくじん)
- 執筆:吉門裕(よしかど ゆたか)1章、3章、2章コラム
- 出版社:株式会社洋泉社
- 発行:2017年
- NDC:645.6(家畜各論・犬、猫)猫
- ISBN:9784800311306
- 287ページ
- カラー口絵、モノクロ
- 登場ニャン物:多数
- 登場動物:鼠、犬