マシーセン『雪豹』
全米図書受賞のヒマラヤ山行。
結論から先に言えば、この本に雪豹は出てこない。
普通ならこういうネタばらしは書くべきではないだろうけれど、ここはネコが出てくる本を紹介する猫サイトなので、ネコ科についていいかげんな情報は書けない。ので、前もって書いてしまうが、雪豹はついに姿を見せない。著者が遭遇できたのはわずかな足跡と、糞少々と、ひっかき跡と、それから、近所にいるらしいという気配だけである。
著者は作家でナチュラリストである。アフリカ・セレンゲティのライオン研究で有名なジョージ・シャラー(本著ではGS)と共に、ヒマラヤ山脈の奥深くへ、ヒマラヤアオヒツジ(バーラル)の繁殖行動の観察調査に出かける。
そこはユキヒョウの生息地でもあった。
旅の主目的はヒマラヤアオヒツジとはいえ、二人の頭には、貴重な大型ネコ科が常に大きな関心事として刻まれていた。
本の半分以上が、目的地に着くまでの困難である。
一行は最初2人の白人(著者とGS)、4人のシェルパ、14人のポーターという編成で出発する。
ポーターは地元の男達で、行く先々で雇い入れては入れ替わる。つまり、旅が進むにつれ、人数も顔ぶれも色々とかわるのである。ポーター達はまったくやる気がない。ほとんどが素足だが、運動靴を与えても後で売るために履かずにとっておき、文句ばかり並べては休み、ちっとも先に進めない。著者とGSはイライラしっぱなしである。
その上、モンスーンがいつまでも開けず、冷たい雨が降り続く。道はぬかるんで滑り、ますます予定が遅れる。高度が上がれば、裸足のポーターは氷で足を切り、無防備なシェルパは雪目にやられる。山岳地帯に生まれ育っていながら雪や寒さに対する具えをしない。頭に来ることばかりだ。
そんな中で、著者はしきりと禅の話をする。仏教全般や時にはユング(ドイツの精神科医)の話まで出てきて、何の本を読んでいるのかわからなくなる。
209ページ目で、やっとユキヒョウの糞が登場。
253ページ目で、やっと目的地「シェイ」に着く。
いよいよバーラルの詳細な観測記録か・・・と期待したが、ますます筆者の内面的・精神的な記述が多くなる。
バーラルやオオカミと同列でイェティ(雪男)が語られ、それ以上に、禅や悟りや“道”が語られる。
そしてユキヒョウは、まるでからかうように筆者の足跡にひっかき跡を残しただけで、ついに現れない。
生物学的興味だけでこの本を読むならあまり面白くないだろう。
しかしヒマラヤの自然の厳しさや、そこで暮らす人々のありかたなら、ふんだんに語られている。
ユキヒョウがどんな地域で暮らしているのかを知る良い資料にはなる。
人間の内面や、宗教的悟りなどについて読みたい人には、この本はとても面白いに違いない。
極限状態での心理状態の変化。
何もないヒマラヤの山中で、筆者がいかに悟りを開いたか。
その悟った状態を街の中でも持ち続けることの難しさ。
また、ヒマラヤ登山や、世界の文明から切り離された生活について知りたい人にもお勧めだ。
(2006.12.26.)
※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。
『雪豹』
- 著:ピーター・マシーセン Peter Matthiessen
- 訳:芹沢高志(せりざわ たかし)
- 出版社:早川書房 ハヤカワ文庫
- 発行:2006年
- NDC: 489.53(哺乳類・ネコ科)
- ISBN:4150503052
- 451ページ
- 原書:”The Snow Leopard” c1978
- 登場ニャン物:ユキヒョウ
- 登場動物:バーラル、オオカミ、イエティ、その他
目次(抜粋)
- 序章
- 西へ
- 北へ
- クリスタル・マウンテンにて
- 家路
- *謝辞
- *参考文献
- *訳者あとがき