グラム『ゴースト&ダークネス』
実話をもとにしたアニマル・パニック。
アフリカはツァボで実際にあった事件を元に書かれた小説。
この作品は映画にもなっている。
1898年、イギリスは‘カイロからケープタウンまで’続く英国植民地回廊地帯をたくらみ、他の列強諸国とはげしく競い合っていた。
東アフリカを縦断する鉄道の建設は急務であった。
若いジョン・パターソン大尉は高潔な人物だった。
インドでの手腕が買われて、ツァボ川に橋をかける仕事を与えられる。
パターソンは意気揚々と憧れの地アフリカに乗り込んでいく。
が、そこは想像を絶する地獄だった。
幽霊(ゴースト)と暗黒(ダークネス)と名付けられた2頭の巨大ライオンが、毎日現れては作業員を殺す。
作業員達は恐怖に陥り、橋建設どころではなくなった。
パターソンはアメリカ人のハンターレミントンと人喰いライオンに立ち向かうが・・・
犠牲者135名。
一説によれば、インド人技術者の犠牲者だけで135名、それとほぼ同数の現地人が犠牲になったともいわれている。
空前絶後の大虐殺だった。
これほど多数のヒトを爪牙にかけた猛獣は世界広しといえども他に例を見ない。
伝説のライオンたちである。
犠牲になった方々には申し訳ないが、ライオン史上もっとも偉大なるライオンたちであった。(注)
グラムの小説は、パターソンら男達に焦点が置かれていて、非常に男臭い冒険談にできあがっている。
そして映画も。
私は本と映画とがある場合、8~9割は本の方が好きだが、この作品は映画の方が面白いと思った。
しのびよるライオンの影、姿はほとんど見えないのに、草だけがさわさわと動く、その映像が非常に綺麗だった(怖いはずの場面で綺麗という表現はおかしいようだけれど、それが私の素直な感想だったのだから仕方ない。)
ところで、日本の動物作家・戸川幸夫も同じ事件を題材にした『人喰鉄道』を書いている。
さすが動物作家として名高い戸川氏、ライオンにより焦点があてられていて、私は戸川氏の作品の方が好きだ。
動物より男達の生き方や冒険に興味がある人はグラムの小説の方が好きかもしれない。
余談。
日本で最悪の「哺乳類による人身被害」は、いわずとしれたヒグマによるもの。
大正4年(1916年)12月に、北海道北部の苫前村で、1頭のヒグマが2晩のうちに、7人を殺害(胎児を含む)、3人に傷を負わせた。
しかしこのヒグマは6日後には殺されている。
ツァボのライオンたちは、殺傷した人数もさることながら、9ヶ月間もの長きに渡って襲撃し続けかつ逃げ続けたという事実も記録的であった。
(注)
人食いライオンについては、タンザニアの「ミキンダニの人食い」がライオンとしては最高で、一頭で380人も殺したという話もあるが、私には真偽の程はわからない。
(注追記)
最近、米国のカリフォルニア大サンタクルーズ校やフィールド博物館を中心とするグループが、このツァボのライオンたちの剥製を再調査したそうだ。
遺骨や毛から、炭素と窒素の安定同位体を分析、ヒトと草食動物では同位体の比率が異なることから、食べたと考えられる人数をモデル計算によって求めた。
結果、ライオンたちが食べた人間の数は、1頭が11人、もう1頭が24人の、合計35人であったと、米科学アカデミー紀要に発表。(2009/11/13朝日新聞社のニュースより。)
事件後1世紀以上経てから人数が再調査できるというのもすごいが、これで35人は確実に食べていたとわかったわけで、これもすごい人数だと思う。
殺されたものの食べられなかった人もいるだろうし、被害者数は35人より多かった可能性は大きい。
また、当時のこと、病死・事故死・逃亡者なども、すべてライオンのしわざとされたのではないだろうか。
とすれば、「135人の犠牲者」という数は、ライオンによるものかどうかはともかく、少なくとも「人種差別の犠牲者」としては、正確な数字なのかも知れない。
(2005.2.8)
※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。
『ゴースト&ダークネス』
- 著:デューイ・グラム Dewey Gram
- 訳:岡山徹
- 出版社:徳間文庫
- 発行:1997年
- NDC:933(英文学)長編小説
- ISBN:4198906807 9784198906801
- 244ページ
- 原書:”The Ghost and The Darkness” c1996
- 登場ニャン物:幽霊(ゴースト)、暗黒(ダークネス)=どちらもライオン
- 登場動物:アフリカの野生動物たち