南正人『シカの顔、わかります』
シカの顔を見分けて33年!超貴重な世界的大研究
すばらしい観察記録です。世界に誇れるレベルであること間違いありません。33年にも渡って、ひとつの地域に生息する総計1000頭にも及ぶ野生動物を観察し続けたというだけでも偉業ですが、その個体識別法が主に顔や身体的特徴を覚えて、というのは本当にすごい!
野生動物にペンキも標識も何もつけずに、顔や外見だけで見分け、名前をつけて行動観察をする方法は「ジャパニーズ・メソッド(日本式調査法)」として外国でも広く知られてるようになりました。その対象はまず、人間に近い動物=ニホンザルで世界で初めて行われました。しかしサルや類人猿以外の動物ではまだ例がありませんでした。
著者も最初はシカに同じ方法が使えるとは思っていなかったそうです。しかし観察しているうちに、シカの顔を見分けられることに気づいたそうです。後には、顔をみただけで「この子は多分だれだれの子」とわかるほど顔識別できるベテラン研究者も出てきたとか。すごいですね。
まあたしかに、ニホンジカの顔って、慣れればけっこう見分けられます。ド近眼+老眼の私でさえ見分けられる子がいるのですから。とはいうものの、私がわかるのは、うちの周辺でよく見かける(見かけた)る子で、かつ、自分の目で比較的近くで見る事ができた計7頭だけ。著者たちのように一度に150頭なんて、とても無理です。また、私の見分け方は、頭全体の輪郭や体つきのほか、動き方のクセも重要。とくに最初に私に気づいた時の動きですね。これはシカに限らずどの動物もかなり個性が出ます。なのでお互いに相手の存在に気づいた瞬間に、あ、〇〇ちゃんと△△君だ、とわかる場合が多くなります。
ところが著者たちはシカたちの顔写真でも見分け可能なんです。なんてすごい!もう神業といって良いレベルです。
そんな、神の領域の研究者たちが、33年もの長きにわたって観察・研究してきた結果の本ですから、これが興味深くないワケありません。シカ好きな私にとっては最高に面白く楽しい本でした。まずは著者に感謝☆
1989年から行動観察。名前を付けたシカの総数は約1000頭!
宮城県の離島、金華山(きんかさん)。東西3.7km、南北5.4kmの小さな島です。東奥三大霊場のひとつでもあり、そのお陰で長い間、禁猟・禁伐制が敷かれ、近年まで原生林が維持されてきました。その島の西部にある黄金山(こがねやま)神社の神鹿=ニホンジカたちが、この本の主役達です。
島全体のシカ頭数は600頭前後。うち、150頭前後が神社やその周辺の林を生活地としています。境内に入り込むシカ群はかなり人間に馴れていて、かつては観光客に餌をねだる子までいました。しかし東日本大震災とその後の台風で観光客は大幅に減少、現在は人馴れしたシカは減ってしまいました。少し離れた鹿山草原にいるシカ達は野性味が強く人間を警戒します。
小さな島に600頭ですから、食糧事情はあまり良くありません。シカ達に食べられて、島の植物相も変わってしまっています。だから島のシカたちの体は小さく、出産も毎年とはいきません。豪雪の1984年には、シカの総数が半減したそうです。大雪になるとシカ達は食べ物を探せず、幼体・老体はもちろん、立派な体格の壮年雄さえ、どんどん餓死してしまうそうです。これは私自身も見てきたことです。豪雪の冬は、子鹿も大鹿もあちこちで死んでいます。ニホンジカは雪に弱い動物なんです。
そのかわり、島のシカたちは平均約15年も生きるそうです。うち周辺のシカ達より長いと思いました。私が住む地域は残念なことに狩猟も盛んで、雪のみならず銃や輪禍でもシカ達は死んでいきます。現在、ランと名付けた雌が一番長く観察できていますが、それでも4年かそこらです。一番最初に顔を覚えたホップはわずか3年で姿を消してしまいました。
本では、シカのあらゆることについて、事細かく書かれています。雄がなわばりが作る理由や、交尾の相手の選び方、雌鹿の出産や子鹿の生活、家族のありかた、血縁グループ、群の構造、最期の迎え方、その血統の生存率、さらに人間との関係まで。まさに情報の宝庫です。でも著者によれば、これでも随分省略して、はしょって書いているそうです。当然でしょう。なんせ33年分、常時150頭、延べ約1000頭ものシカ達の観察録なんですから。
ちょっと驚いたのは、著者の言葉。最終章で、自分達の研究について、こんなことを書かれているんです。
私たちの研究は、直接的には、あるいは、物質的には人間生活を豊かにしません。なんの役にもたたないのです。
page218
これには私は思わず声をあげてしまいましたね。「とぉんでもない!少なくとも私はこの本を読んですごく豊かになれた気がしたぞ?だってこれほどの情報を、何の苦労もなく読むだけで手に入れてしまったんだもん。これほど贅沢な話ってある?」
私に言わせれば、こういう観察こそ、最も崇高な研究だと思うのです。研究室での実験や、カメラ・電波等現代技術を駆使した観察では、動物達の本当の姿なんて見られやしません。自ら動物達の間にはいって、自分の目で見、耳・鼻・第六感まで総動員して、ゆっくりじっくりと観察してこそ、本物の動物学者。それを長年続けられたのですから、これほど意義ある研究はないと思うのです。
以下も最終章から。
科学分野でのノーベル賞受賞者への質問は、日本ではいつも「この研究はなんの役に立つのですか?」ばかりです。役立つということが、もっとも重要なのでしょうか。社会的な意義をつねに意識することはよいことですが、学術研究は直接的に社会に役立つことだけが意義ではありません。このような考え方が、日本の基礎研究分野の発展を阻害しているように思います。
page218-9
その通りではないでしょうか。
最後に。私は声を大にして世間に言いたい。シカが増えた=殺せって、なんなのそれ?近年のジビエブームなんてクソ喰らえ!人間どもよ、驕るのもいいかげんにしろ~~!
(ところでシカのクソ(鹿糞)って新鮮なら食べられるんですってね?昔の山の民の究極の非常食だったとか。)
※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。
目次(抜粋)
- はじめに
- 第1章 そんなに違う?シカの顔 個性に迫る
- 第2章 雌のためならなんでもします?雄の闘い
- 第3章 お母さんと一緒がよいけど 誕生と成長
- 第4章 婆ちゃん、母ちゃん、姉ちゃん、女系家族のいろいろ 家族関係
- 第5章 子どもを残すのはたいへん 雌の生涯・雄の生涯
- 第6章 人との長いおつきあい シカと人間の関係
- 第7章 ひとりでは生きられない 個体から個体群、そして環境との関係
- 第8章 シカに教えてもらったこと 野生動物の研究とはなにか
- おわりに/参考文献
著者について
南正人(みなみ まさと)
主要著書に、『実践講座インタープリテーション』、『日本の哺乳類学②中大型哺乳類・霊長類』、『Sika Deer:Biology and Management of Natibe and Introduced Populations』、『野生動物への2つの視点―――”虫の目”と”鳥の目”』、『野生動物の行動観察法―――実践日本の哺乳類学』等。
(著者プロフィールは本著からの抜粋です。)
『シカの顔、わかります』
個性の生態学
- 著:南正人(みなみ まさと)
- 出版社:一般財団法人 東京大学出版会
- 発行:2022年
- NDC:489.86(哺乳類)
- ISBN:9784130639545
- 232+9ページ
- モノクロ
- 登場ニャン物:
- 登場動物:
うちに来るニホンジカたち。
下の子はステップ君。