宮部みゆき『あやかし草紙』
副題:『三島屋変調百物語伍之続』。
三島屋は、袋物を商売にしている大店だ。お江戸は神田の筋違御門先に立派な店をかまえている。
三島屋では、ここ数年、風変わりな「百物語」を続けていた。通常の百物語では、一箇所に大勢が集まって順繰りに怪談を語っていく。しかし三島屋では、「黒白の間」という客間に、語り手を一人だけ招き入れる。聞き手も、おちかという若い娘がひとり。おちかは、聞いた話はすべて胸ひとつに収め、けっして外にもらさない。「語って語り捨て、聞いて聞き捨て」というのが、いちばん大きな決めごとなのである。
だから黒白の間を訪れる語り手は、たとえば過去に自分がなした悪事を白状したっていい、恥をさらしたってかまわない。
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こうして、黒白の間では、不思議な話がつぎつぎと語られることになった。おちかに話すことで、語り手はみな、救われた気持ちになれた。そしておちかも、聞いているうちに、自分の悲しい過去から少しずつ解放されていくのだった・・・
* * * * *
この1冊は、「三島屋シリーズ第五弾にして、第一期の完結篇」です。つまり、この本の前にすでに4冊計22話が語られています。ですが、ほぼ読み切りになっていますので、この本から読み始めても何も問題はありません。
全部で五話収められていますが、猫がでてくる話はもちろん、最後の『金目の猫』。
おちかの従妹、富次郎は、いつしかおちかと一緒に百物語を聞くようになっていました。のみならず、聞いた話を絵にかいて残すようになりました。もちろんその絵は、一般公開はしません、すぐに大事に箱にしまいこんでしまいます。それでも絵にすることで、おちかもうまく「聞き捨て」られるようになり、精神的にさらに楽になっていました。
その、富次郎と、兄の伊一郎が、幼いころに経験した話が『金目の猫』です。
お稲荷さんの梅の木の上に、真っ白でふわふわなものが乗っていました。最初にみつけたのは富次郎。白鼠かと思い、木に登ってつかまえようとしますが、・・・消えた?
その後も何回か見かけ、ついにつかまえました。ふわふわ真っ白で金目の、小さな小さな子猫。
残念ながら伊一郎と富次郎の家では猫は許されませんでした。仕方なく近所の遊び友達の家に頼み込むと、さいわい
「金目の猫は商家には縁起ものだし、お稲荷さんにいた猫ならもっといい」
「ねずみ除けになるから、大事に飼うよ」
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と喜んで引き受けてくれました。猫好きの富次郎は大喜び。毎日遊びに行っては可愛がっていたのですが、・・・
百物語で語られるような猫。もちろん、ふつうの猫ではなかったのです。
でもご安心ください。その正体は不気味な化け猫とかではなく、心やさしい物の怪でしたから。
と、猫が登場するのはこの話だけですが、「猫」という漢字だけの登場なら、あと3箇所出てきます。『第一話 開けずの間』に出てくる飯屋の名前が〈猫丸屋〉というのが一箇所目、それから『第三話 面の家』に「一つ一つが猫ほどの大きさのある雛人形が揃っていて・・・」、『第四話 あやかし草紙』に「猫と日向ぼっこしながらお迎えが来るのを・・・」の2箇所。こういう「猫」の使い方、やはり猫好きな方なんだなあ、と、嬉しくなってしまいます。だって最後の「猫と日向ぼっこ」はまだしも、雛人形の大きさを猫と比べる人は少ないだろうし、まして飯屋の名前が「猫丸屋」なんて、全然必然性のない名付け方ですもん。あ、「猫の手も借りたい」ということわざも一箇所使われていましたね。『第二話 だんまり姫』の中でした。ということは、どの話にも「猫」という単語が1回はでてくるということ。さすが!
宮部みゆき氏の作品に、大当たりは多いけれど、ハズレは知りません。どうぞ楽しんでお読みください。
※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。
『あやかし草紙』
三島屋変調百物語伍之続(みしまやへんちょうひゃくものがたりごのつづき)
- 著:宮部みゆき(みやべ みゆき)
- 出版社:株式会社KADOKAWA
- 発行:2020年
- 初出:「北海道新聞」「中日新聞」「東京新聞」「西日本新聞」2016年11月5日~2017年10月31日
『金目の猫』のみ「小説 野生時代」2018年2月号掲載 - NDC:913.6(日本文学)小説
- ISBN:9784041089811
- 641ページ
- 登場ニャン物:まゆ
- 登場動物:-
目次(抜粋)
序
第一話 開けずの間
第二話 だんまり姫
第三話 面の家
第四話 あやかし草紙
第五話 金目の猫
文庫版あとがき