落合延孝『猫絵の殿様』
副題:『領主のフォークロア』。
1700年代後半から1800年代にかけて、大量の猫絵を描き続けた殿様がいた。それも一人ではない、四代にわたって描き続けたのである。
その絵の数がまた半端ではない。
現存する記録によれば、たとえば文化一〇年(1813年)9月から10月までわずか1ヶ月間で、猫絵を96枚も描いている。1日3枚以上のペースである。これはすごい。
この殿様とは、新田岩松氏のことである。猫絵を描いたのはそのうち、義寄・徳純・道純・俊純の四代の殿様たち。
上野国新田郡下田嶋村(現群馬県太田市)に居を構え、身分は交代寄合(万石未満で常時江戸在府の義務を負わず、参勤交代を勤める)。
毎年正月に江戸城で将軍に拝謁する任務を負っていた。
この四人の殿様のうち、幕末の殿様岩松俊純は、明治になって男爵となり、ヨーロッパでは「バロンキャット」(猫男爵)との異名まで持った。
横浜の開講以降は、殿様の猫絵もヨーロッパに輸出されていたという。
なぜ新田岩松氏は猫絵を描き続けたのか。
新田氏は、血筋は由緒正しかったが、禄は少なく、要するに貧しかった。そこでいわば内職として猫絵などの絵を描いていたのだという。
当時は養蚕が盛んで、蚕の大敵・鼠を駆除するために、猫絵を柱に貼る習慣があった。
中でもおそれおおくも殿様の描かれた猫絵は抜群の効果があると信じられていて、多くの人が所望したのである。
ヨーロッパ行きの船に乗せられたのも、蚕種を守るためだった。
猫絵だけではない。
殿様は領地を支配するだけでなく、宗教者としての意味合いも強かった。
猫絵は領主の祭祀機能の一部分にすぎなかった。
この本は猫の本ではない。
新田岩松氏とその時代の世相を研究した歴史書である。
猫絵の記述はほんの少しで、あとは江戸後期の年中行事や、領主と農民の関係、村の事件簿やその解決法、人々の信仰等々について述べられている。
だから猫本としてはお勧めできないが、江戸時代末期の歴史、特に一般庶民の生活やものの考え方などを研究したい方にはお勧め。
(2006.4.1)
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『猫絵の殿様』
領主のフォークロア
- 著:落合延孝(おちあい のぶたか)
- 出版社:吉川弘文館
- 発行:1996年
- NDC:210(日本史)
- ISBN:4642074880 9784642074889
- 232ページ
- 登場ニャン物:絵に描かれた猫達
- 登場動物:ねずみ
目次(抜粋)
1 年中行事からみた領主と農民
岩松氏の支配と下田嶋村
年中行事の諸儀礼
ほか
2 村の事件簿
領主・家臣・百姓
さまざまな事件
3 殿様と「呪術」
領主の祭祀機能
在地の信仰習俗とのつながり
4 貴種の血節と権威
由緒・出入りの人々
武家屋敷への駆込み
ほか