西村寿行『魔の牙』

暴風雨とオオカミの群れに、山小屋に追いつめられ・・・!。
ニホンオオカミが絶滅して久しい(注)。
農耕民族だった日本人には、動物を剥製や骨格標本にして残す風習はなく、短期間に急激に絶滅してしまったこともあり、ニホンオオカミについて、学術的な記録は何も残されていない。
まさに「幻の動物」である。
そのため、ニホンオオカミについては、多種多様なうわさや憶測が飛び交っている。
ニホンオオカミには2種類あったというのも、そのひとつ。
エゾオオカミとニホンオオカミの2種ではない。
本州以南の日本には、大型の「オオカミ」と、小型の「ヤマイヌ」の2種が生息していたという説である。(それにエゾオオカミを加えれば、日本には3種のオオカミがいたことになる。)
ニホンオオカミ2種説を唱える人たちは、現在「ニホンオオカミ」とされている数個の標本は、「ヤマイヌ」と呼ばれていた小型種の方だという。本来の「オオカミ」はもっと大きな動物だったと主張する。
西村寿行の『魔の牙』を読む時は、国立科学博物館に展示されている、哀れっぽい小さな個体ではなく、ハイイロオオカミのように大きくて強いニホンオオカミを思い描きながら読んでほしい。
でなければ話がつまらなくなる。
と、いきなりオオカミ論(オオカミ好きなもので・・・えへへ)。
だって、この『魔の牙』はニホンオオカミの話なんだもん。
こういう、ハードボイルドというよりはむしろバイオレンスの色が濃いサスペンスは、本来好きじゃないのだが、ニホンオオカミが大活躍とあれば、読まないわけにはいかない私である。
はい、この本は大人向けの本だと思います。
ということで(?)。
・・・
舞台は山奥の温泉宿。
宿といっても、山小屋のようなもので、電気も電話も来ていない、古びた建物である。
外は台風が接近中で、まっすぐ歩けないほどの、大荒れの天気。
宿に集まったのは、20人ほどの台風避難者たち。
ごく普通の女子大生グループ、穏やかな老教授夫婦、それから、陰のある美女に、頑固な老猟師と愛犬。
さらに、銀行強盗、それを追う刑事、暴力団組員に、謎の男。
と、これだけ特異なメンツが閉じ込められたら、それだけでも一悶着ありそうなところを、
絶滅したはずのニホンオオカミが襲う!
それも大群である。
しかも狂犬病におかされている!
書名の『魔の牙』の牙は、ニホンオオカミの牙だけではない。
台風という牙もある。
狂犬病という病魔の牙もある。
しかしもっとも恐ろしい牙は、人間の強欲な本性かもしれない。
台風は建物を徐々に、しかし確実に、破壊していく。
ニホンオオカミは、大人の男でさえ、いとも簡単に殺してしまう。
20人の男女に逃げ場はない。絶体絶命の状況である。
人々の本能がむき出しにされ、絶望の中で欲望のみが燃え広がる。
恐ろしい自然、恐ろしいオオカミ、恐ろしい人間たち。
息もつかせぬ迫力だ。
果たして生存者は出るのか?
一気読みしてください。

西村寿行『魔の牙』
*****
と、ここまで書いた後で何ですが、・・・でも・・・やっぱり書きたい事がひとつ(汗)。
思わず私がぶっ飛んだ箇所だ。
・・・狼は純肉食性である。にもかかわらず、蹠行性(しょこうせい)であった。足の構造が、踵(かかと)をペタリと地につけて歩くようにできている。犬とは、正反対である。犬は爪先だけで歩く指行性である。外見からはわからないが解剖してみればすぐにわかる。
狼は熊と同じ蹠行性であった。蹠行性の動物の欠点は走るスピードがおそいことである。(中略)鹿や兎、狐などにはとうてい追いつけない。
page90
あの、オオカミも犬も同じ指行性です。それこそ解剖してみればすぐわかることです。というか解剖しなくてもわかることです。
オオカミは蹠行性、だから走るのが苦手で、速度は遅いしすぐ疲れてしまう、ということが大前提のストーリーなので・・・めちゃくちゃ違和感だったんですけれど・・・どこで著者はそんな思い違いをされちゃったのでしょうか(大汗)。
この思い違いさえなければ、私の好きなニホンオオカミがとてもかっこよく描かれていて良いんだけどなあ。
(2012.10.3.)
(注) 公式には1905年(明治38年)に捕獲された個体が最期のニホンオオカミ。
なお、エゾオオカミは、1896年、函館の毛皮商人が扱った毛皮が最期とされている。
※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。
『魔の牙』
- 著:西村寿行(にしむら じゅこう)
- 出版社:文春文庫
- 発行:1980年
- NDC:913.6(日本文学)小説
- ISBN:4167202034 (徳間文庫新装版=9784198927127)
- 330ページ
- 登場ニャン物:-
- 登場動物:ポチ(猟犬)、ニホンオオカミの群