西村寿行『老人と狩りをしない猟犬物語』

西村寿行『老人と狩りをしない猟犬物語』

 

山奥の、あまりに厳しすぎる生活。

山奥の一軒家に、老猟師と、幼い孫と、一匹の猟犬(紀州犬)が住んでいた。

老人の一人息子は戦死していた。
その嫁、孫の母親は、巨熊に殺されていた。

残された孫は、老人の宝物だった。
猟犬「隼」にとっても、幼い孫は、全力で守るべき、大切な家族だった。

山には、老人たちのほかに、3匹の「王者達」が生息していた。
あの人殺し巨熊と、それから、巨猪の「牙猪」と、巨大な犬鷲とである。

老人は、いつかはこの3匹と対決して殺さなければならないと考えていた。
嫁を殺された仇討の意味もあるが、それ以上に、それは猟師としての使命感だった。

山では、去年に続いて、今年も笹の花が開花した。
去年の前咲きにつづく、本格的な開花だった。

老人は暗い連想を振り払おうとした。
笹の花が咲く年はろくなことが無い。

老人の予感は的中した。

老人の留守中に巨熊が現れた。
「隼」は孫を守って巨熊と闘い、倒れた。
幼い孫は、果敢にも猟銃を持ち出し、巨熊と対峙しようとした。

幸い、孫は死なずにすんだものの、負傷した。
嫁方の母親(孫にとっての祖母)が、すかさず孫を町に連れ去り、以後は町で育てられることになった。

老人は魂が抜けたようになった。

そんなある日、老人は山で子犬に出会った。
その子犬は、さも楽しそうに遊んでいた。
人も母犬も誰もいない山奥で、ひとり得意そうに跳ね回っていた。

老人は子犬を飼うことに決めた。
名前は先代と同じ「隼」。

それにしても、憶しない犬ではある。
煙雨に煙る森に、ひとりでとっとと遊びに行ってしまう。
鉄砲の音にも驚かない。
よほど優秀な猟犬なのか、さもなくば、よほどの駄犬なのか。

老人は大いに期待をよせて、隼の成長を見守った。
しかし「隼」は、老人を失望させるばかりだった。
「隼」は老人の期待をあざ笑うかのように、まったく「殺し」をしないばかりか、あろうことか野生ギツネの一家を手なずけ、子ギツネたちと呑気にじゃれ合う始末だった。
これでは隼を猟犬にしつけることは諦めるしかない。

それでも隼は可愛かった。孤独な老人にとって、隼は唯一の家族だった。
老人は老い病む体を励ましながら、嫁たちの敵を討つために、また自分の猟師としてのプライドを保つために、たったひとりで山に巨熊を追うのだった。

笹の花が咲いた翌年は、ドブネズミの年となった。
山が動くかと見間違うほどの大群が、田んぼも、畑も、全滅させた。

さらに奇怪なことが次々とおこった。
山のサル達が何者かに喰い殺された。
完全に野生化していた野猫たちも、何者かに喰い殺された。
村の男が狐憑きになって狂った。
村の女が行方不明になった。

人々は、誰よりも山に詳しい老猟師に、協力を求めた。

・・・

この小説は、西村寿行氏がまだ
「小説家になろうとは夢にも思わなかった。小説を書きたいという意欲もなかった。」
という時期に、
「書いて、そのまま押入れに放り込んでおいた。」
作品だそうだ。
出版する気など無かったのに、酒に酔った勢いでつい約束してしまったのだという。

そんな初期な作品なだけに、後の氏の作品群の原型みたいなものでもあるという。
氏が上梓した50冊以上の本の
「三分の一近くの内容が、この本から出ている」
そうだ。

私は氏の作品をあまり多くは読んでいないのでよくわからないのだけれど(申し訳ありません)、少なくとも犬の能力を恐ろしく高く買っているという点においては、たしかにこの本は氏の原型かもしれないと思った。

私自身は、人造的な犬よりも、野生動物たちをはるかに高く評価するクセがある。そう、それは冷静な判断というより、「脳のクセ」と言って良いようなレベルでの「思い込み」に近い。
そのため、氏の犬賞賛には、(他の作品を読んでいても)しばしば戸惑ってしまう。

この‘隼’にしても。

紀州犬が優秀なことは知っている。
世界の犬種の中でも野生的というか、原始的というか、人間ではなく、大自然そのものに鍛えられて生まれた種であることも知っている。

とはいえ。
・・・犬は犬でしょ?中型の日本犬でしょ?それがまさかそんな・・・
という反感を、正直、ところどころに感じずにいられなかった。

しかし、老人の生活は。

厳しい生活だ。
貧しく、重労働で、孤独な毎日。
けれども私にとっては、ある意味、憧れの生活でもあるのだ。
誰にも頼らず、誰にも甘えず、山と渾然一体となって生きている。

かっこいいなあ。
これぞ男だよなあ。
・・・なんて、思っちゃうのである。

もちろん、一番カッコイイのは犬の隼だ。
けど、この老猟師も相当にカッコイイ。

もしかしたら西村寿行氏は、この老人をカッコイイと評されるとは思っていなかったかもしれない。底辺に生きる人間の、ドロドロで絶望的な戦いを描いたつもりかもしれない。

しかし、頼りない甘ったれ男が増えすぎた昨今、老人の孤軍奮闘は、本当に逞しく、そして、美しく思えてならない。

(2012.8.16.)

西村寿行『老人と狩りをしない猟犬物語』

西村寿行『老人と狩りをしない猟犬物語』

 

※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。

 

『老人と狩りをしない猟犬物語』

  • 著:西村寿行(にしむら じゅこう)
  • 出版社:講談社文庫
  • 発行:1988年
  • NDC:913.6(日本文学)小説
  • ISBN:4061843575 9784061843578
  • 285ページ
  • 登場ニャン物:-
  • 登場動物:隼(紀州犬)、巨熊(ツキノワグマ)、牙猪(イノシシ)、イヌワシ

 


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紀州犬

紀州犬。この子は愛玩用ではなく、訓練された猟犬である。

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