西村寿行『旅券のない犬』
遠い故郷を目指して、地球を横断していく犬。
紀州犬とは。
中型の日本犬である。
体高 ♂49-55cm、♀46-52cm。
体重 ♂118-20kg、♀15-17kg。
毛色は白色が人気だが、有色の犬もいる。
マタギ犬(実猟犬)として、紀伊半島で活躍。
中でもイノシシ猟を得意とした。
ルーツは紀元前とも言われ、古くは平安時代の文献にも登場している。
昭和9年に天然記念物に指定。
地味な外見からあふれ出る気品と威厳。
飼い主にはどこまでも従順で忠実。
力強い四肢。
強い顎。
強い精神力。
日本が誇る優良犬種である。
十兵衛は、そんな紀州犬の中でも、とびきり優れた犬だった。
十兵衛は、飼い主の外交官夫婦に伴い、遠い異国ケニアにいた。
ところが、夫婦は十兵衛の目の前で殺されてしまう。
夫は鈍器で撲殺、妻は全裸にされ輪姦されるという、むごたらしい殺され方だった。
その時、十兵衛は鎖につながれていて、どうすることもできなかった。
その後、十兵衛は脱走し、行方不明になる。
次に十兵衛が目撃されたのは4日後。
またもや殺人現場だった。
今度はしかし、十兵衛が人を殺したのだった。
飼い主夫婦を惨殺した殺人犯2人を、その牙で咬み殺したのである。
その様子は偶然居合わせた旅行者のカメラに収められ、世界中に配信された。
「日本犬、大使夫妻の仇を討つ!」
世界中が十兵衛の偉業を称賛し、そして、ケニア政府は十兵衛保護に躍起となった。
日本大使夫婦が自国の大使館内で殺されたのだ。
国際問題である。
その犯人を、なんと愛犬が咬み殺して仇を討った後、また逃走してしまった。
十兵衛を一刻も早く保護して丁重に日本に返すこと!
ケニアの国の名誉にかけて、十兵衛を保護しなければならない。
しかしもちろん、十兵衛はそんな人間事情は知らぬ。
十兵衛の頭には、たった一つの事しかなかった。
日本へ!
なつかしい日本へ!
こうして、旅券を持たぬ犬の、長い旅が始まった。
日本には、夫婦のひとり息子、刈羽哲人がいた。
大学空手部の主将で、柔道2段・空手初段の猛者。
哲人は父母の死と十兵衛の敵討ちを知り、ケニアに飛ぶ。
哲人はケニアでバコールと知り合いになった。
バコールはUPI記者。35歳。
国籍はアメリカだが生まれたのはナイロビ。
アメリカの大学で生物生態学を専攻した後、通信社に入社。
記者としても、また生物学者としても、十兵衛に並みならぬ興味を寄せていた。
二人は協力して十兵衛の跡を追う。
・・・と、これだけでもなかなかな展開だが、この後、話はさらに、とんでもないスケールの国際問題に発展していく。
CIAが出てくる。
KGBが出てくる。
フランスLSTに、スペイン秘密警察、イギリスM16に、国籍不明の特殊部隊。
残忍無慈悲な女盗賊団、国際テロリスト、伝説の宝探しの老人たち、ごく普通の旅行者、エトセトラ。
なんともまあ、豪華な顔ぶれだ。
それらが皆、それぞれ勝手な目的をもって、一匹の犬・十兵衛を追う。
「十兵衛」を「ジェームズ・ボンド」と書き換えればそのまま、「007シリーズ」の最新作になりそうな、実に大がかりな展開である。
そして、十兵衛も、哲人も、読者の期待を裏切らず(?)、ボンド顔負けの大活躍をする。
ところどころ、ちょっとやりすぎな感もなきしにあらずだが・・・。
だって十兵衛がいくら精悍といったって、たかが〝中型”の日本犬。
なのにアフリカでは各種大型野生肉食獣と闘って勝利するし。
かと思うとオオカミ群のボスになったりもするし。
また、刈羽哲人。
いくら空手部主将ったって、平和ボケ日本のいち大学生にすぎない。
なのに、遠い異国で、全く臆することなく、堂々と大人たちと渡り合うし。
しまいには、プロ兵士の一個中隊を、たったひとりで殲滅させちゃうし。
まあ、その辺はエンターテイメントと割り切ることにして。
犬の話ではなく、犬が出てくるハードボイルド・アクション小説としてお読みください。
西村寿行氏の作品だから、暴力的なセックスシーンがあちこち出てくるし、登場人物は皆乱暴すぎて、これで犬が出て来なかったら、私の好みとはかなりかけ離れたジャンルなのだけれど、・・・
十兵衛が良い!
かっこ良すぎ!
十兵衛、万歳なのです。
人間の汚さ欲の深さにくらべ、犬はなんと清く美しい生き物なのでしょう!
(2014.1.27.)
※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。
『旅券のない犬』
- 著:西村寿行(にしむら じゅこう)
- 出版社:講談社文庫
- 発行:1991年
- NDC:913.6(日本文学)小説
- ISBN:4061849646 9784061849648
- 420ページ
- 登場ニャン物:-
- 登場動物:十兵衛(紀州犬)、オオカミ、その他多数