『しっぽの声』第13巻 作画:ちくやまきよし、原作:夏緑、協力:杉本彩
「保護動物」がステータス化?
なぜか保護猫たちが盗まれた。それも耳カットされた子ばかり。
「耳カット」とは、去勢・避妊手術済みだという印のこと。麻酔の効いているうちに雄は右、雌は左の耳に切れ目を入れる。その形が桜の花びらにも似ることから「さくら耳」ともいわれる。カットすることで遠くからでも、それが手術済みか、さらに雄か雌かがわかるようになり、同じ猫が何度も捕獲+手術される過ちを防ぐことが出来る。
その、耳カット猫たちが狙われた。動物シェルター運営者と、連絡を受けた警察官の会話が興味深い。
「つまり犯人は不妊手術済みの猫だけを選んだということか?
なんでそれがほしかった?」
「地域猫だから、完全な野良猫にくらべれば人間になつきやすいからとか・・・?」
「それは動物を好きな人間の考え方だな。
本官は動物が苦手だから、自分で手術につれていく手間と金をはぶけるからとだと思ったが?」
「まあ、たしかに、不妊手術は何万もかかるし・・・」
「そんなに金をかけた猫が、所有者もなしに外をウロついているのか!?
札束を歩かせてるようなもんだな。」
同じ猫でも見る立場によって違ってくる。ブランド品にしか興味のない人間にはうすぎたない野良猫にすぎない猫でも、欲に目のくらんだ人間には札束に見える・・・!
「貧困ビジネス」というのがあるように、「保護動物ビジネス」なるものも出現しつつあるのだ。嫌な世の中だ。「保護猫カフェ」を真似てあくどい商売をする女。わざわざ「可哀想な保護動物」を集めて医療費や寄付金名目で大金を要求する男。動物愛護をスローガンに市長選に立候補する元保護活動家。
そして、そんなヤバイ連中に関わった結果、天草士狼に命の危機が・・・!!??
『しっぽの声』シリーズ 完結しました
約4年半という長きにわたり「ビッグコミック オリジナル」に連載された『しっぽの声』、この第13巻第105話で終了しました。
すばらしい作品でした。
何より良かったのが、「ビッグコミック」という一般誌に連載されたということだと思います。動物愛護マンガは、動物愛護系の雑誌やサイトで掲載されても、動物愛護に関心のある人しか見ません。それでは元々赤かった紙をさらに赤い絵の具で塗るようなものです。今まで関心が無かった人たちにも広く一般に啓蒙する、という意味では効果は期待できません。
その点「ビックコミック」という舞台は理想的でした。それまでペット業界について何も知らなかった多くの真っ白な人たちを赤く染めてくれたのではないでしょうか。ましてペットと暮らしてはいるものの本当の愛護について考えたことも無かった人たちは、うすぼんやりとした赤から、美しい真っ赤に染まってくれたかもしれません。
ペット業界の闇、ブリーディングの残酷さ、動物達がおかれた悲惨な状況。このマンガは余すことなくさばきだしていきます。圧巻です。
こういうマンガは、すべての動物病院の待合室、ペットショップ/ペットサロン、動物系カフェ、動物園内の施設等に、誰でも気楽に手に取って無料で読めるようにそろえてほしいものです。「なに、『しっぽの声』が置いていない?さてはそのペットサロンも怪しい系だな!」と利用者が判断材料のひとつとしてしまうくらいに普及してほしいものです。
『しっぽの声』の最終巻(第13巻)では、保護動物の在り方が世間にかなり広く知られるようになり、むしろ保護動物がブランド化している前提で話が作られていましたが、そんなことはないと思います。「保護動物=ブランド」なんて、残念ながらまだ大都会のごく一部の話ではないでしょうか。当地のような田舎ではそんな気配も見られません。私自身、つい先日、数年前にTNRした猫の発病のことで動物病院に行ったとき、その待合室で「TNRって何ですか?」と聞かれたばかりです。「TNR」「耳カット」「地域ねこ」等、知名度はまだ低いです。もっと普及させなければなりません。そのためにも『しっぽの声』ももっと読まれてほしいものです。
【注】TNR=Trap捕獲、 Neuter不妊手術、 Return(Release)元の場所に戻す(放す)の略。最近ではManagement地域猫として管理する、を加えて、NTR+Mと言われることも。
その一方で、『しっぽの声』について私が個人的に少々残念だと思ったのは、この作品は動物達を扱っていながら、そのターゲットはどこまでも人間側だけに当てられている、ということでした。ペット業界の闇を暴くことがこの作品の目的なのだから当然といえば当然なのかもしれません。でも、・・・話しているのも、動いているのも、走っているのも人間ばかり、ところどころに動物の絵が添えられて、って感じで。動物の方からの訴えや気持ちの吐露がないんです。動物は話せないのだから当然だ?いえ、彼らは舌や頭の構造がヒトとは違うから、ヒトと同じ音を発音したり同じ文法で文章を組み立てようとはしないだけで、動物達は、とくに人に近い犬猫は、実に多くのことを語り、訴え、表現しています。人間主体の話ばかりでなく、動物目線の話も混ざっていたらもっとよかったのに、とこれは私の欲です。
あと、自称「ボランティア」や偽「愛護団体」をたたく話が多すぎると感じました。まともな愛護施設は主人公・天草志狼が運営するシェルターと、彼をとりまく少数の人たちだけ?確かに世の中には、悪質な「動物愛護団体」等は存在します。支援金集めだけが目的の自称ボランティアも存在します。しますけれど・・・。
このマンガを読んでいると、天草のようなごく一部の例外を除き、動物ボランティアとか愛護団体とかはぜーんぶ疑うべき!綺麗な顔をして裏は汚い!信じちゃだめ!となってしまいそうで。
逆だと思うんですよね。少なくとも私はそう信じている。詐欺団体などは一部だけで、多くのボラさん・団体さんは信用できると。
だってブログとか見ていてもすばらしいですよ?我が子でもない犬猫のためによくここまで出来ると感心するような内容も多いですよ?ブログに公表するものだから多少はもっている(かもしれない)にしても、その分を割り引いたって、拝みたくなるような活動家さんは驚くほど多いです。私なんかとても真似できないことを、当然な顔をしてどんどん実行されています。
それから、愛護団体等が支援金を集めることを否定しないでほしいです。実際、動物の保護・治療・飼育にはものすごくお金がかかるのですから。ちょっとした手術でも何万と飛ぶし、療法食は2kgで何千円とかするし、高速を使って保護やお届けをするとなれば交通費ガソリン代も馬鹿になりません。団体によっては借地(借家)料も毎月必要でしょう。私のように、家族はたった9ワンニャン、プラス、時々動物を保護したり、という程度の人間でさえ、2021年の年間動物費は100万円を軽く超えてしまいました。数十頭ものワンニャンを常時保護し治療し里親募集するような団体さんが資金を必要とするのは当然なのです。保護と資金集めが本末転倒になっているボラや団体がいるのは事実ですけれど、それ以上に多くの活動家の方達は自腹を切って切って切りまくって動物達を助けているのです。どうぞ事情を理解して、できる範囲で支援してさしあげてください。
もうひとつ残念だったのは、里親側の悪行を訴える作品がほとんどなかったということです。現実世界では、猫に熱湯をかける等惨殺する様子を動画にアップして喜んでいた狂人が、愛護法違反でうけた執行猶予が終了したとたんに名前を変えて里親として名乗り出たりしてますし、そこまで悪質でなくとも、子猫子犬の間だけ可愛がってすぐ飽きて捨てたりする飼い主はとても多いのです。うちの近所にもいます。300頭しかいないという超希少日本犬を、子犬時代の半年だけ可愛がり、その後は繋ぎっぱなしで散歩ひとつ連れて行かず完全ネグレクト。一見優しそうな男なんですけどね、飼い主としては最低なヤツ。だからこそ里親募集をする側は慎重にも慎重を重ねて里親診査をするのですが、それを「ウザイ」と理解されない悲しさ。なぜ里親診査が必要か、一般読者にもわかるように、くり返し説明してほしかったです。
最後に。夏緑氏・ちくやまきよし氏の、次の動物愛護シリーズ、お待ちしております!きっと次もありますよね?今から楽しみにしておりますぞ。
⇒まとめ:『しっぽの声』作画:ちくやまきよし、原作:夏緑、協力:杉本彩
※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。
目次(抜粋)
第97話 猫泥棒
第98話 保護猫カフェ(上)
第99話 保護猫カフェ(下)
第100話 副作用
第101話 希望の救世主
第102話 世界を変える方法
第103話 愛護ビジネス
最終話 しっぽの惑星
『しっぽの声』第13巻
- 著:ちくやまきよし
- 原作:夏緑(なつ みどり)
- 協力:杉本彩(すぎもと あや)
- 出版社:株式会社 小学館
- 発行:2022年
- 初出:「ビッグコミックオリジナル」2021年第20号~2022年第3号
- NDC:726(マンガ、絵本)
- ISBN:9784098613090
- 196ページ
- モノクロ
- 登場ニャン物:ノルン、ほか
- 登場動物:犬、ニワトリ、ほか