紫式部『源氏物語』

紫式部『源氏物語』

(第一部の主人公光源氏が、第三部の主人公薫を抱く絵)

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猫は『源氏物語』では重要な”鍵”となる

日本が誇る世界の文学『源氏物語』にも猫は堂々登場する。

ご存じ全五十四帖の大長編。登場人物五百余名。光源氏の誕生から死まで、さらに光源氏の子・薫(実は女三の宮と柏木の不義の子)の半生までという膨大な時間を描く。ドイツ文学が得意とした‘ビルドゥングス・ロマーン(教養小説)’の数々も、この源氏物語の前では色あせるほど。よくもまあ、1000年も昔に、これだけの大長編が書けた物だと、何回読んでも感心するほか無い。

その上、実に難解・・・古文はそうでなくともわかりにくいのに、主語省きまくりの源氏の文章は、不肖管理人の理解能力を遙かに超えます。とてもじゃないが原文を楽しむなんて夢のまた夢、口語訳を読むのがやっと。それでさえ、登場人物が頭の中で混乱をおこし、『源氏物語必携』を開いては、登場人物の系図を何回も確かめる始末。

というわけで、原文で全部は読んでいない。私が所有している『源氏物語』は、小学館・日本古典文学全集にある『源氏物語』全六巻 (校注・訳:阿部秋生、秋山虔、今井源衛)。 はじめて源氏を通して読んだのもこの全集の口語訳だった。以下‘原文’の引用もすべてここからになる。

『源氏物語』での猫は、まず『若菜上』に出てくる。

このとき、光源氏は40歳。准太上天皇という最高位についている。女三の宮は源氏の正室。まだ十代半ばの少女だ。柏木はこのとき右衛門督兼宰相で、年齢は25~6歳。

もともと柏木は女三の宮との結婚を望んでいた。が、女三の宮の幼さを危ぶんだ父朱雀院は、源氏を婿に選んでしまった。柏木はあきらめきれない。源氏の邸の蹴鞠に参加しながらも、女三の宮の住居のあたりを横目にうかがっている。

すると思いがけないことがおこった。

御几帳どもしどけなくひきやりつつ、人げ近くを世づきてぞ見ゆるに、唐猫のいと小さくをかしげなるを、すこし大きなる猫追ひつづきて、にはかに御簾のつまより走り出づるに、人々おびえ騒でてそよそよと身じろぎさまよふけはひども、絹の音なひ、耳かしがましき心地す。猫は、まだよく人にもなつかぬにや、綱いと長くつけたりけるを、物にひきかけまつはれにけるを、逃げんとひこじろふほどに、御簾のそばいとあらはにひき開けられたるをとみにひきなほす人もなし。・・・

御几帳など傍らに寄せてあったりして、人の気配がすぐそこに迫っているところに、唐猫のたいそう小さくてかわいらしいのが、少し大きな猫に追いかけられて、御簾の端より走り出たので、人々は驚いてうろうろと立ち騒ぐ気配で、衣ずれの音など、騒がしい様子である。猫は、まだよく人になついていないのだろう、長い紐に結ばれていたのが、物にひっかかって、逃れようと引っ張っているうちに、御簾の端が大きくく引き開けられてしまったのを直す人もいない。

 当時の貴婦人は人前に姿を見せなかった。紫の上などは、義理の息子の夕霧に対してさえ決して直接に会おうとせず、夕霧が紫の上を見たのは野分のさわぎに紛れてちらりと盗み見したときと、あとは死んでからの2回だけである。それが貴婦人のたしなみというものだった。

なのにこの女三の宮、皇女という最高位の身分の女性でありながら、柏木に姿を見られてしまう。猫が紐を引っかけて引き開けてしまった御簾の横にぼーっと突っ立っていたのである。そもそも男達が庭で蹴鞠に興じていることを知っていながら、縁の端近くに立っていたということ自体があまりお行儀の良いことではない。まして御簾が開いたことに気づかず姿を見られるなんてとんでもないことだった。しかし柏木はこれこそ運命的な出会いだと感動してのぼせ上がってしまう。

柏木がくだんの猫を抱き上げると、猫は

いとかうばしくてらうたげにうちなくもなつかしく思ひよそへらるるぞ、すきずきしや。

女三の宮の移り香がたいそう芳しく香りって、かわいらしく鳴く、それが女三の宮その人にも思えてしまうとは、酔狂なことではある

 柏木は、女三の宮を自分の物に出来ぬのなら、せめて猫でもと策略を巡らせる。

女三の宮の異母兄・東宮も大の猫好きだった。柏木は東宮を訪ねて言った。

六条院の姫君の御方にはべる猫こそ、いと見えぬやうなる顔してをかしうはべしか。はつかになむ見たまへし

六条院の姫様のところにいる猫は、今まで見たこともないような猫でそれは可愛い顔をしていました。ちらりと見ただけですけれど。

 猫好きの東宮はすぐ話に乗ってきてあれこれと聞く。柏木は言葉巧みにその猫を褒め称える。東宮はその猫が欲しくなり、人を介して猫を譲り受けた。柏木が頃合いを見計らってまた東宮を訪れると、猫は人気の的となっている。柏木は、

まさるともさぶらふめるを、これはしばし賜はりあづからむ

他の猫達も勝るとも劣らないなあ、この猫はひとまず自分が預かりましょう

 と言って連れて帰ってしまう。我ながらばかばかしいと思いつつ。

ついに猫を手に入れた柏木、それまで猫など興味なかったはずなのに、それからというものは

夜もあたり近く伏せたまふ。明けたてば、猫のかしづきをして、撫で養ひたまふ

夜はそば近くに寝かせる。夜が明ければ、猫の世話にあけくれ、撫でながら育てる。

さらに、柏木が物思いに沈んでいるところへきて「ねう、ねう」(にゃあ、にゃあ)と可愛く鳴くと、柏木の耳にはそれは「寝よう、寝よう」と誘っているように聞こえてしまう。柏木は苦笑して

“恋わぶる人のかたみと手ならせばなれよ何とてかく音なるらむ”

恋しい人の形見のつもりでかわいがっているのに、寝ようなんて、何故そんな風に鳴くのさ・・・と詠んで、猫の顔をのぞき込む。猫はますます可愛らしく鳴く。柏木は猫を懐に抱きながらため息をつき・・・

と、ここまで来れば、私のサイト訪問者は猫好きさんでしょうから、うふふと含み笑いされるのではないでしょうか。この猫さん、どんどん柏木の心の中に入り込んでいってしまっている。源氏物語ではこれ以上は語られていないけれど、もしこの調子で柏木が猫をかわいがり続けたとすると、・・・猫って男の心を奪うんですよね~。時にはニンゲンの女より激しく。

紫式部『源氏物語』

小学館 日本古典文学全集 紫式部『源氏物語』全6巻 原文・口語訳・注釈そろっていて、源氏物語を単に楽しむだけでなく、勉強/研究もしたい人に。

 

で、話は4年後。「若葉下」の帖。
柏木は源氏の留守をねらって、ついに女三の宮のもとに忍び込むことに成功する。柏木の恋の執念だった。が、・・・

あれほど憧れた女三の宮、いざ会ってみると、

いとさばかり気高う恥づかしげにはあらで・・・

思っていたほど気高くはなくこちらが気後れするほどの人ではなかった。そのかわり、ひたすらなよなよと頼りなく、小柄でかわいらしく、「それはそれで最高に愛らしいじゃないか」とは思うのだが・・・

夢にまで見た女三の宮との初めての夜、まどろんだ柏木の夢の中に実際にでてきたのは、他ならぬあの猫!恋しい女三の宮がすぐ隣にいるというのに。‘何で猫が出てくるんだ?’と、柏木は目が覚めてからそればかり気になる。自宅に戻った後も、女三の宮のことではなく、

見つる夢のさだかにあはむことも難きをさへ思ふに、かの猫のありしさま、いと恋しく思ひ出でらる。

見た夢は正夢となるのは難しいことかもしれないが、あの猫の様子がとても恋しく思い出された、と書いてある。正夢云々とは、当時獣の夢をみるのは懐妊のしるしとされていたことをさす。実際女三の宮は薫大将を身ごもっていたのだが、それはこのときはまだわからない。

それより、柏木が逢瀬の直後から女三の宮より猫のことばかり考えているのがおかしい。

紫式部のみごとな手法だろう。女三の宮は畏れ多くも元皇女、露骨に悪口は書けないけれど、要するに女三の宮は「猫以下だった」ということか。あわれな柏木、それなら最初から最後まで猫だけを抱いていればよかったものを。

その後、柏木と女三の宮の密通は光源氏にばれ、柏木は源氏を恐れるあまり病みついてしまう。柏木は病床で

など、かく、ほどもなくしなしつる身ならむとかきくらし思ひ乱れて、枕も浮きぬばかり人やりならず流し添へつつ・・・

どうしてこんなに命を縮めるようなことをしてしまったんだろうと、枕が浮くくらいに涙を流している。そして女三の宮付きの女房・小侍従が来れば

・・・見し夢を、心ひとつに思ひあはせて・・・

とまた猫の夢の話。
この頃には女三の宮の妊娠のことも知られているから、やはりあの夢は正夢だったんだという話だろうけど、それにしても猫に妙にこだわる事よ。

柏木はそのまま亡くなってしまった。

残念ながら、その後、その猫がどうなったかは書かれていない。柏木の最期の時期に存命だったかどうかも書いていない。
けれども、この時代、猫は貴重な贅沢品。ましてや、この猫は、皇家の生まれ。
あくまで私の推測だが、もしまだ生きていたなら、誰かが引き取って、その後も大事に育てたのではないだろうか。

飼い主が亡くなると捨てられたり保健所で殺処分されることが多い現代の猫たちとちがい、大切にされただろうと、それだけは安心して読んで良い気がする。

*柏木の歌については、こちらのページも御覧下さい。
文献で歌われた猫達紫式部の「源氏物語」

 

【参考文献】

  • 小学館・日本古典文学全集『源氏物語全六巻』 校注・訳 阿部秋生、秋山虔、今井源衛 ISBN:9784096580202
    *底本には、大島氏旧蔵、平安博物館所蔵の飛鳥井雅康筆写本(通称大島本)が用いられています。
  • 『源氏物語必携』 秋山虔・編 學燈社  1981年 ISBN:431200501x

(2005.1.8.)

 

*以下、私が所有している『源氏物語』を。下記以外にも、円地文子訳、橋本治訳、林望訳、他、いろいろ出ていますが、私が読んだのはこのページに載せた各源氏だけです。

紫式部『源氏物語』

谷崎潤一郎の「源氏物語」は、単なる現代語訳をとおりこして、まさに一級の文学作品となっている。今の若い人達いは文章が少し難解と感じられるかもしれないが、源氏の雰囲気を味わうには一番おすすめの全訳本。

 

紫式部『源氏物語』

与謝野晶子訳「全訳源氏物語」。しっかり現代語に訳したって感じで、読みやすく、わかりやすい。

 

紫式部『源氏物語』

田辺聖子「新源氏物語」。原文の逐語訳ではなく、内容は原作に忠実なまま、かなり自由に意訳している。

 

紫式部『源氏物語』

瀬戸内寂聴訳。丁寧に訳されていて、文章は平易で読みやすく、言葉遣いも、新しい訳だけに、今の私たちにはわかりやすい。はじめて源氏を読む若い人に、一番おすすめの全訳。

 

紫式部『源氏物語』

大和和紀のマンガ「あさきゆめみし」も忘れてはならない存在感。これで源氏を知った人も多いのでは?

紫式部『源氏物語』

マンガとはいえ、平安時代が丁寧に描かれていて、絵巻のよう。これは第1巻冒頭の口絵、光源氏と、まだ幼い紫の上がはじめて出合ったシーン。

※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。

 

『源氏物語』

  • 著:紫式部(むらさきしきぶ)
  • 平安時代(1004~1011年頃?)
  • NDC:913.36(日本文学)源氏物語
  • 全54帖
  • 登場ニャン物:-(無名)
  • 登場動物:牛、馬、他

 

 

著者について

紫式部(むらさきしきぶ)

正確な生年は不明、970年(天禄1年)頃?。父藤原為時(ふじわらのためとき)、母為信の女(ためのぶのむすめ)。宣孝(のぶたか)と結婚するが間もなく死別。その後、道長(みちなが)の娘で一条天皇の中宮だった彰子(しょうし)に仕える。源氏物語は未亡人となって里居の間に書き始め、宮廷出仕後も書き続けられ、当時からすでに有名だったらしい。1019年(寛仁3年)頃までは存命していたらしいが、没年は不明。


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紫式部『源氏物語』

5.5

猫度

0.5/10

面白さ

9.0/10

猫好きさんへお勧め度

7.0/10

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