半藤末利子『夏目家の糠みそ』
孫からみた夏目家。
夏目漱石の孫娘、半藤末利子さんのエッセイ集。
漱石と末利子さんは直接の面識はない。
漱石に関する知識といえばほとんどが母筆子から聞いた話ばかり。
筆子は漱石の長女である。
そして末利子の祖母鏡子は漱石の妻である。
その鏡子からも漱石のことを多少は聞いたようだ。
末利子父の松岡譲は漱石の門下生で作家であった。
母筆子の記憶している漱石の印象はすこぶる悪い。
というより、恐い。
「本当にその恐いったらなかったのよ」
そう筆子は繰り返す。
末利子にも「恐いおじいちゃま」のイメージがすっかり定着してしまった。
漱石にいじめられた母や祖母に対する同情心ばかりが強くなる。
が、祖母鏡子は、決して漱石の悪口をいわなかったという。
世論は鏡子に対して、ソクラテスの妻と並ぶ悪妻だのと、厳しい評価を与えていたが、鏡子は自己弁護ひとつせず毅然と人生を生き抜いた。
悪妻と評したのは男達だ。
女達の目から見れば鏡子はたいした妻だった。
鏡子以外に狂気の漱石を扱える女はいなかった。
なぜなら、鏡子ほどよく漱石を理解し、強く漱石を愛した人はいなかったから。
鏡子の話の中にこんな場面が出てくる。
いつか二人で交わした世間話が、漱石の門下生や、鏡子の弟や二人の息子や甥達に及んだとき、
『いろんな男の人を見てきたけど、あたしゃお父様が一番いいねぇ』
と遠くを見るように目を細めて、ふと漏らしたことがある。
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やはり鏡子は漱石の妻だったのだ・・・と、あらためて心が暖まってくる。
また、漱石の次男・夏目伸六氏も『猫の墓』で、こう書いている。
自分の母親は、所謂良妻賢母ではなかったにせよ、
私の母を、大変な悪妻と思いこんでいる連中は、私から見ると、甚だ神経の鈍感な男か、無類の妻のろかのどちらかであって・・・
どんな男であろうと我が妻の不平は言う、漱石信仰に固まってしまった人たちが、漱石のささいな文句をあまりに字義通りにとってしまったから悪妻との風評がたっただけだと。
残念ながら、末利子は、祖母鏡子や母筆子の存命中には、漱石に関する本を1冊も書かなかった。
65歳で初めて出版した本がこの『夏目家の糠みそ』となったのである。
エッセイ内容は、漱石に関するものはごく少数で、ほとんどが漱石とは関係ない、日常茶飯事の出来事。
食べ物に関する話が多い。
とはいえ、漱石のお孫さんという肩書きはどこへでもついて回る。
テレビ局が取材に来たり、高校生にサインをねだられたり。
もう一つ残念なのは、半藤家では猫を飼っていないこと。
犬好きだそうだが犬も飼っていない。
末利子が近所の犬を散歩させて喜んだり、夫が庭の野鳥に餌をやっている程度だ。
(2005.1.10)
※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。
『夏目家の糠みそ』
- 著:半藤末利子(はんどう まりこ)
- 出版社:PHP文庫
- 発行:2003年
- NDC:914.6(日本文学)随筆、エッセイ
- ISBN:4569579604 9784569579603
- 293ページ
- 登場ニャン物:太郎(たろ)ちゃま、チャリン
- 登場動物: