保坂和志『アウトブリード』

保坂和志『アウトブリード』

 

猫は出て来ません。

猫を良く登場させる作家だから、というか、彼の小説にはほぼ必ず猫が出てくるような作家だから、エッセイ集にもやはり猫のことが書かれているかと期待して買ったのだが、結果からいえば大はずれだった。
猫はまったく出てこない。
いや、ちらりと数回、それから猫のことを書いた小説のあとがきも収録されているからそこには出てくるが、しかしそれ以外には猫は出てこない。

それ以上に戸惑ったというか、困ったのは、内容がサッパリ理解できないということだった。

最初は私の頭が悪すぎるのかと思ったけれど、どうもそうではなく、おそらくあまりに感覚が違いすぎて、相互理解の域を遙かに逸脱してしまっているのだ。
なので、何を書いているのか、なぜそうなるのか、どうしてそう続き、どういうわけでそういう結論になるのか、ゆっくりじっくり読んでも、字面の表面を視線がなでるだけで、頭にはまったく入ってこない。ここまで理解不能とは思わなかった。
意外であり、こんな感じ方が世の中にあるのかとちょっと面白くもあった

初っぱなから驚かされた。
保坂氏は作家でありながら、小説をほとんど読んでいないという。
そしてこう書く。

だから僕は最近になるまで、小説の中で描かれている風景の描写が、通常、登場人物の心の状態と対応してその説明となっていたり、そういうことを婉曲に匂わせる働きを持っていたりする、というじつにあたり前の小説上の暗黙の了解も知らなかった。
だからたとえば僕は、沈んで憂鬱な気分の主人公が「わたしは暗鬱な気分を吹き払うように、夜の暗闇に向かって一度深く息を吐いた」などと語っているのを読むと、「何をバカなこことを」と思うようになっていた(今もそうだが)。「私の暗鬱な気分」と「夜の暗闇」は本来関係がない。「わたし」が憂鬱であろうがはしゃいでいようが夜は暗いものなのだ。(後略)
(p.18~)

ええ~っ、と思った。
そんな小説家がこの世に存在したのか!

それは私には考えたこともない世界だった。
ひとりでもそんな小説家がいるのであれば、これから本を読むときはもっと気をつけて読まなければならない。
私は、もしたとえば気分が憂鬱なら、目は夜を暗闇と思い、もし気分が高揚しているなら、その暗い夜空に明るくまたたく一等星に惹かれる。
人が何を見、何を聞くかは、その主体の気分や状態にきわめて影響されるのが当然だと思っていた。
そしてまた、そういう事に敏感で、ときには常人には真似の出来ぬ鋭さで、そういう事実を突いてくるのが作家だとも思っていた。

また別の章ではこんなことも書いている。

ぼくにとって小説というものの定義はきわめて明確だ。「最後の一行に向かってゆっくりと導かれていくもの」、それが小説だ。これをもっとやさしく言ってしまえば、「理由はよくわからないが、なんとなくおもしろくて気がつけば最後まで読んでしまったという、そういうもの」ということになる。
(p.43)

ここまではよく解るのである。
むしろ、私にとってもその通りと思うのである。

が、その後、保坂氏は自分は飽きっぽいし、『読み始めた小説をほとんど読み通したことがない。』と告白し、さらに『だからぼくの読む気が持続するのは、「よく知っていない何か」が書かれているときだけなのだが・・・(後略)』と続く。

ここで正直、ありゃーと思うのである。
保坂氏の小説は数冊しか読んでいないけれど、どの本も・・・ごめんなさい・・・あまりにありきたりで普通の出来事しか書いてないと思ったもので!
だから保坂氏流読み方をするなら、私は氏の小説はすぐに放り投げなければならないことになる。
実際には全部、最初から最後まで読んでいるけど。

そして、小説に対して、そういう感覚を持っている人が、ああいう小説を書いているのだというのも意外というか・・・本当にごめんなさい・・・でも、それが私の正直な感想。

もっとも、これだけ感じ方が違う人であれば、私には日常的と見える出来事が彼にとってはきわめて新鮮で「知らない」ことなのかもしれない。
これは嫌みでもなんでもなく、素直にそう思うのである。
そしてこのエッセイ集にしても、・・・これも一応最後まで読んだが、私には結局何を言いたいのかわからなかったし、そういう意味では正直、私にとってはあまり面白くなかった。

けれども人によっては猛烈に面白く、共感できるのかもしれない。
結局、それだけ人間の感じ方は様々だということなのだろう。

(2010.01.26.)

【参考HP】
保坂和志公式ホームページ

 

※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。

 

『アウトブリード』

  • 著:保坂和志(ほさか かずし)
  • 出版社:河出書房新社 河出文庫
  • 発行:2003年
  • NDC:914.6(日本文学)随筆、エッセイ
  • ISBN:4309406939 9784309406930
  • 269ページ
  • 登場ニャン物:-
  • 登場動物:-

 

著者について

保坂和志(ほさか かずし)

1990年「プレーンソング」でデビュー、『草の上の朝食』で野間文芸新人賞「この人の閾(いき)」で悪が綿章、「季節の記憶」で谷崎賞を受賞。著書『猫に時間の流れる』『残響』『生きる歓び』『明け方の猫』『言葉の外へ』。

【参考HP】
保坂和志公式ホームページ

(著者プロフィールは本著からの抜粋です。)


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保坂和志『アウトブリード』

2.3

猫度

0.3/10

面白さ

5.0/10

猫好きさんへお勧め度

1.5/10

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