マーテル『パイの物語』(上・下)
少年とベンガルトラの成獣が、小さな救命ボートに。
世の中に「漂流物語」は数多くあれど、こんな設定のものが他にあっただろうか!
ピシン・モリトール・パテル、通称「パイ」は、インドの動物園経営者の息子である。
思慮深い性格。
悩みは自分の名前「ピシン」。
水泳好きな父親の名付けである。フランス語の la piscine(プール)に由来する。
ところが、この「ピシン」という発音が、英語の pissing (おしっこする)に通じることから、幼少時代は散々からかわれた。
そこで、中学進学と同時にみずから「パイ」と名乗るようになった。円周率のπである。
少年パイは宗教に興味を持つ。
まずひとりのインド人として、ヒンズー教の神々に惹かれ、つぎにキリスト教に感服し、それからイスラム教に心を打たれた。
歳に似合わぬ信心深さで信仰した。
変わった少年だった。
少年として変わっていただけでない。
人間としても変わっていた。
パイは、異なる3つの宗教を、3つともよく理解し、異なる3つの宗教を、同時に深く信仰したのだ。
物語の前半は地味な展開に終始する。
パイの幼少時代について。パイ一家が経営する動物園。パイの信仰。
すべてが冗漫なほど丁寧に、ゆっくりと語られていく。
いつパイの本当の冒険がはじまるのか、読者はジリジリしながら読むことになる。
しかしこの前半の下地があって、はじめて、後半のパイの成功が理解できるのである。
全知全能の神でさえ、単力ではパイを加護しきれなかっただろう。
3宗派の神々が力を合わせ、強力に三点支持して、やっと、切り抜けられた危機だった。
それほどに過酷な運命がパイ少年を待ち受けていた。
パイ一家は、インドに見切りをつけ、カナダに移住することになった。
動物たちの多くを連れて。
ところが大海の真ん中で嵐にあい、日本の貨物船「ツシマ丸」は沈没してしまう。
生きのこった人間はパイひとり。
他の生存者は、ブチハイエナ、脚を折ったシマウマ、オランウータンの「オレンジジュース」、それから、・・・
「リチャード・パーカー」。
三歳のベンガルトラ。
体重220kgの獰猛な肉食獣である。
全長わずか8mの、小さな救命ボートである。
その狭い空間に、トラと、ハイエナと、シマウマと、オランウータンと、少年が乗り合わせている。
周囲は見渡す限りの海。
脚下にはサメ。
あまりにも、あまりにも、絶望的な状況。
これ以上に「絶体絶命的な窮地」なんてあるだろうか?
頼みの綱、救助船は現れなかった。
最初にシマウマが喰われた。
次にハイエナが喰われた。
オランウータンも喰われた。
トラと少年だけが残った。
トラとの漂流がはじまった。
なぜ、16歳の少年は、獰猛なトラと一緒に、227日もの長期間、生きながらえることができたのか?
そして、・・・
あなたはこの話を信じますか?
・・・
世界的なベストセラー。
2012年、映画にもなり大ヒット。
第85回アカデミー賞にて、監督賞(アン・リー)、作曲賞(マイケル・ダナ)、撮影賞、視覚効果賞の最多4部門を受賞するという快挙を成し遂げた。
日本での公開は2013年1月25日。
本も面白かったけど、映画も早く見たいなあ。
映画、見ました。→『ライフ・オブ・パイ』
映画レビューの下の方に、色々な考察など書き散らしています。よろしければどうぞ。
(2012.12.31.)
※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。
『パイの物語』(上・下)
- 著:ヤン・マーテル Yann Martel
- 訳:唐沢則幸訳(からさわ のりゆき)
- 出版社:竹書房
- 発行:2012年
- NDC:933(英文学)長編小説
- ISBN:9784812492086 9784812492093
- 271ページ、271ページ
- 原書:”Life of Pi” c2001
- 登場ニャン物:リチャード・パーカー(ベンガルトラ)
- 登場動物:オレンジジュース(オランウータン)、ハイエナ、シマウマ、ミーアキャット、他多種多数
目次(抜粋)
- 【上巻】
- 覚え書として
- 第1部 トロントとポンディシェリ
- 第2部 太平洋(~54章)
- 【下巻】
- 第2部 太平洋(55章~)
- 第3部 メキシコ、トマトラン、ベニート・フワレス診療所
- 解説 風間賢二