吉村昭『漂流』

吉村昭『漂流』

無人島で、12年も生き延びた男。

実話に忠実に基づいた話です。

ストーリー

時は江戸時代、天明の頃。

慣れた航路のはずだった。遠路でもない。船に乗っていたのは、土佐の水主・長平のほか、水主頭の源右衛門、音吉、甚兵衛。行きは穏やかな海だったが。

帰路、みるみる天候が崩れた。嵐となった。舵が壊れ、帆柱も切り倒さなければ船体を保てなくなり、船はただの浮遊物と化した。水樽も流失した。

嵐が去った後も、漂流は続く。

ようやく乗り上げた島は、荒々しい火山島。船は大破して流され、長平たちは文字通り着の身着の儘、火をおこす道具さえない。しかもその島には、湧き水も無かった。樹木もなかった。あったのは、岩と、茅と、途方もない数のアホウドリたちだけ。

航路から大きく外れた絶海の孤島で、生きるための死闘がはじまる。

感想

鳥島で生き延びた男の話です。有名ですね。

本を読む前に、伊豆諸島の「鳥島」を検索されるとよいかもしれません。本当に、何も無い島。岩、瓦礫、火山岩。青いものといえば、島の一部にわずかに茅が生えているだけ。まさに、これぞ火山島って島です。(参考までに、ページ下に鳥島の動画を貼り付けました。ぜひご覧ください)

たとえ水が豊かな島であったとしても、水をためる容器もなく、桶をつくるための木材も鉈もないような状況では、人間が生き延びるのは容易なことではありません。鳥島には、その命の水がないのです。雨頼りなのです。しかもこの島、台風の季節には、本土とは比較にならないほどの暴風雨が吹く。さらにくわえて、食料の頼みの綱・アホウドリは渡り鳥。暖かくなれば飛び去ってしまいます。よくもまあ、こんな裸島で、12年も生き長らえたと感心するしかありません。現代の日本人ならまず無理でしょう。

長平にとって救いだったのは、数年後に新たな漂流者達が流れ着いたことでした。気が狂わんばかりの孤独からは救われました。しかし、きびしい生活に、精神力の弱い者からひとり、ふたりと死んでいきます。長平たちは、何度も絶望感にとらわれます。どれほど祈っても、目を凝らして探しても、船影ひとつ見えない。見つかるのは、ときおり流れ着く難破船の欠片だけ。

どうしてそんな状況で精神をもちこたえることが可能だったのか。彼らの工夫、生きる知恵、そして何より「帰りたい!」という、すさまじいまでの執念。

吉村昭の描写力がすばらしいです。あたかも目の前でみているかのように、景色が見える書き方をしています。行ったことの無い島なのに、読んでいるうちに、足下に瓦礫を踏んでいるように感じてしまいます。長平の感情の揺れも、まさに自分のことのように思えてきます。そして彼の強さには、ただ感服します。なんてすごい男だろう!

アホウドリたちの生態も興味深いです。江戸時代には「かき分けながら進まなければならない」ほど無数のアホウドリたちが生息していた島。その後、皆様もご存じの通り、羽毛目的の乱獲でアホウドリは激減、一時は絶滅宣言が出されました。明治時代に殺されたアホウドリの数は500万羽以上、一説では1000万羽ともいわれています。

ところが1951年に、この鳥島に、アホウドリが生き残っているのが発見されました。その数、わずか10羽。ここから熱心な保護活動が始まります。(アホウドリの歴史はNHKのこちらのページがわかりやすいです)。

アホウドリは、翼を広げると2メートルにもなる大きな鳥です。繁殖できるようになるまで5年もかかり、その後も年に1個しか卵を産まないため、繁殖力は非常に弱いといわざるを得ません。繁殖地が絶海の孤島ということもあり、保護活動も簡単ではありませんでした。が、絶海の孤島だったため、人という最大の敵が容易に近づけなかったのも幸いしたのでしょうか、その後、ゆっくりと数が増え、「2023年末時点で1万1,550羽」となり、また42歳7か月という最長寿の個体も確認されました。(山階鳥類研究所)。

このすばらしい鳥たちが絶滅しなかったことに、心から感謝です。研究者の皆様、本当にありがとうございます。

鳥お勧め、いえ、超お勧めの本です。読み出したら多分とまらなくなりますから、まとまったお時間のとれるときにどうぞ。

※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。

吉村昭『漂流』

 

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著者について

吉村昭(よしむら あきら)

1966年『星への旅』で太宰治賞を受賞。『戦艦武蔵』『関東大震災』などにより’73年菊池寛賞を受賞。主な作品に『ふぉん・しいほるとの娘』(吉川英治文学賞)、『冷い夏、熱い夏』(毎日芸術賞)、『破獄』(読売文学賞、芸術選奨文部大臣賞)、『天狗争乱』(大佛次郎賞)等がある。
(著者プロフィールは本著からの抜粋です。)

『漂流』

  • 著:吉村昭(よしむら あきら)
  • 出版社:株式会社新潮社 新潮文庫
  • 発行:1980年
  • NDC:913.6(日本文学)小説
  • ISBN:9784101117089
  • 516ページ
  • 初出:昭和51(1976)年、新潮社
  • 登場ニャン物:-
  • 登場動物:アホウドリ
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