『しっぽの声』第11巻 作画:ちくやまきよし、原作:夏緑、協力:杉本彩
「視線の先にあるのが本当はペットではなく人間だからよ」
コロナ禍の大学生。苦労して合格したのに、講義はすべてリモート、バイト先も無く、友達もできず、一日中下宿にこもってスマホを見ているだけの生活。そこで見た情報を鵜呑みにした彼は、とんでもない行為に。動物たちを救いたい、そんな純粋な気持ちだけだったのに。
また。
ある離島で猫が繁殖。島民はよい観光資源になると、島の呼び名まで猫にちなんだものに変えて、遊覧船を一日に何便も出し、食堂も繁盛し。しかしコロナ禍で観光客は激減というかゼロに。見捨てられた猫達。しかもその島は天然記念物オオミズナギドリの繁殖地でもあり。
また。
別のある島では、特定外来生物であるキョンが増えていた。そこには「生態系なんてくだらないきれいのとのために小さな命を殺す」ことに反対する若者たちが移り住んでいた。彼らは金も持っていたので、過疎と貧しさにあえいでいた島民たちは歓迎したが?
動物愛護の貴い精神を歌いながら、実は動物を利用しているだけの人たち。本当の目的は金儲け、名声。その仮面を見抜けずに、踊らされるのは常にもっと純粋な人たち。そして、犠牲になるのは、常に動物達。
中には単に「私は動物を助けたのよ」という自己陶酔のためだけに、他人に保護動物を押し付ける人も出てくる。庭こそ広いが高齢者で、もう犬一匹散歩に連れていくことさえできないのに。当然、多頭飼育崩壊状態に陥り、どうしてよいかわからない高齢者は困惑するばかり。
また。
主人公の天原士狼の過去も明かさる。なぜシェルターの所長をしているのか。なぜこれほど熱心に動物達を守ろうとするのか。幼い希音ちゃんとの関係は?士狼の妻は?
* * *
動物達の苦労、困難、危機、どれを掘り下げても、結局は人類の欲にたどり着く、表面がどれほど美しく飾られていても、その底には貪欲と身勝手さが渦巻いているだけ。
・・・というプロットの話が多い中で、ちょっと毛色が違っていたのが「罪なき畑」の話でした。
その畑を作っているのは、ビーガンの女性。ビーガン(Vegan)とは、卵や乳製品やはちみつなど、動物由来の食品をいっさいとらない完全菜食主義(注)の人たちのことです。彼女はビーガンをきわめるために、貸農園を借りて週末農業を実施しています。もちろん、完璧に無農薬。
(注)このように食品だけに限る場合は、厳密にはダイエタリー・ヴィーガニズムとよばれています。本来のヴィーガン(ヴィーガニズム)とは食品に限らず「可能な限り食べ物・衣服・その他の目的のために、あらゆる形態の動物への残虐行為、動物の搾取を取り入れないようにする生き方」をいいます。
が、彼女の農園では「害虫」がはこびり、サツマイモさえ満足に育ちませんでした。サツマイモの栽培は「簡単」なはずなのに。
そこへベテランのお婆さんが助言します。緑肥の使い方、コンパニオンプランツの混植、ヤギに除草を手伝ってもらう方法、等。欲張りな人間や身勝手すぎる人間は出てこない、さいごには希望すら感じられる(ものすごく遠いけど)、『しっぽの声』の中では珍しい部類の話でした。
私的には今回の11巻では、この「罪なき畑」が一番おもしろかったかな。なぜならば私自身、似たようなことを実践しているからです。
私は食生活に関しては、なるべくヴィーガンに近い生活を意識しています。あくまで「なるべく」であって「完璧に」とはいかないのは、日本ではとても難しいからと(例えば「かけそば」でも鰹出汁が使われるからヴィーガン食ではない)、それから、犬猫達と暮らしているので、彼らのフードはしばしば自分で試食してから与えているから、です。
しかし畑に関しては「完璧に」無農薬です。こちらは胸を張って言えます。コンパニオンプランツの活用などは、自然農では常識でしょう。
なので、面白く読めたんですけれど、違和感を感じたひとことも。
「足りない栄養素はサプリでとれますから」
page59
ええと、ヴィーガン食に必要となるようなサプリの多くは動物由来だぞ?
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『しっぽの声』なんだか話を重ねるうちに、すこしトーンダウンというか、掘り下げ方が浅いというか、もっと突っ込んでやってほしいのになあ、と思うことが増えてきたように思います。とくに大手や法律改正などについてもっと大きく深く取り上げてほしいのに・・・どこからかプレッシャーでもかかっているのか、あるいは、動物愛護を煙たがる一部の人々から攻撃されているのか、等、疑いたくなるほど。その一方で、仲間であるべき愛護・ボランティア同士の貶めが増えているような・・たしかに優しげな顔をした偽善者も少なからず存在していますが、それこそ骨身を削って日々奮闘している真の活動家の方が多いと思うんですよ?
こういうテーマのマンガはものすごく貴重なんですから、もっと突っ込んで下さい。もっと大きな相手に、もっとガンガン行ってください。
もう一つお願い。産業動物といわれる子たちにも目を向けてあげてください。ペットたちや野生動物達より、はるかにひどい迫害を受けている動物達です。畜産農家が全員、広~い土地に放牧しているわけではありません。鶏たちのバタリーケージ、豚たちの妊娠ストール、乳牛たちの繋飼い、ヒツジたちのミュールジング、等々。動物の毛皮は生きたまま剥がされます、死んだら固くなり剥がしにくくなるから。ダウンなどの羽毛も生きたまま抜かれます、また生えてくるから。もちろん、産業動物達に麻酔等は使われません。全身の皮をはがされても、動物は即死はせず、しばらく苦しみ続けます。羽を抜かれた鳥たちは血だらけで息絶え絶えです。それらの事実も描いてほしいです。
それとも、そういう業界の実態を暴いてしまったら、たちまち圧力と迫害でつぶされてしまうから描けない、なのでしょうか・・・?
⇒まとめ:ちくやまきよし画『しっぽの声』
目次(抜粋)
- 第80話 命のタイムリミット(上)
- 第81話 命のタイムリミット(下)
- 第82話 罪なき畑
- 第83話 アイガモ農法
- 第84話 来訪者
- 第85話 残された島
- 第86話 寄生虫
- 第87話 星(上)
- 第88話 星(下)
『しっぽの声』第11巻
- 作画:ちくやまきよし
- 原作:夏緑(なつ みどり)
- 協力:杉本彩(すぎもと あや)
- 出版社:株式会社 小学館
- 発行:2022年
- 初出:「ビッグコミックオリジナル」2021年第2号~第10号
- NDC:726(マンガ、絵本)
- ISBN:9784098612147
- 220ページ
- モノクロ
- 登場ニャン物:まるもち、他多数
- 登場動物:犬、ミニヤギ、アイガモ、イノシシ、オオミズナギドリ、キョン、他