石井万寿美『動物のお医者さんになりたい』
獣医師は、覚悟と度胸のある人しかなれない。
可愛い表紙、女性の著者、「動物のお医者さん」という軟らかい表現などに騙されないように。書いてある内容は壮絶といってよいものだ。動物好きな人にはショッキングだろう。
が、これが動物医療界の現実。「動物のお医者さん」になるには、こんな体験を繰り返さないとなれないのだ。あらためて、獣医さんに頭を下げたい。
大阪市内で生まれ育ち、動物と言えば犬や猫、獣医といえば、ペット対象の開業医しか思いつけなかった著者が、獣医になるために北海道の大学に入学する。そこに待っていたのは予想と全然違う世界だった。
「健体解剖」=健康な動物を放血殺し、その場で解剖して、体の仕組みを勉強する。数分前まで生きていた600キロのウシが、あっという間に物体となってしまう現実。
「実習」=ウシの肛門に腕を差し込んでの触診。馬の交尾の見学。その他その他、無惨な産業動物達の世界。
「臨床」=人なつこい健康な犬の体を切り開き、膀胱切開・腸吻合術・前肢の骨折など数多くの治療練習を行う。健康な犬だから、骨折実習ではまず骨を切り折ることから始める。
そして、「卒業論文」=ヒヨコを実験対象に選んだ著者は、いったい何羽殺してしまったか・・・・
獣医師として独立し、今は病院をやっている著者は、ことあるごとに「大学時代にお世話になった動物達」を思い出し、「初心に戻る」。
そんな著者の傍らにはずっと、大学時代に偶然拾って我が子とした愛犬ユキチがいた。ユキチの姿は「命を提供してくれた動物達を思い出させ、忘れることが出来ない。」
しかしとうとう、そのユキチにも寿命が来て・・・
獣医師として一人前になったつもりだった著者は打ちのめされてしまう。獣医師でありながら、ユキチの死をなかなか受け入れられない。
命の尊さ。
動物好きな一少女に過ぎなかった石井獣医師が、動物好きであるからこそ、吐くほどに悩み、苦しみ、迷いながら、一人前の獣医師になっていく姿が描かれている。動物医療はきれい事だけでは済まされない。
獣医さんに通うなら、是非ともこういう気持ちの獣医さんを選びたいですね。
私は獣医師になる勇気はなかったけれど、せめて本くらいはしっかり読んでおかなければと思う。
(2004.7.26)
※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。
『動物のお医者さんになりたい』
- 著:石井万寿美(いしい ますみ)
- 出版社:コスモヒルズ
- 発行:1996年
- NDC:914.6(日本文学)獣医師エッセイ
- ISBN:4877031049
- 222ページ
- 登場ニャン物:-
- 登場動物:-
目次(抜粋)
- 旅立ちのとき――イヌやネコが好きだったから
- 酪農家体験実習――ウシにもバカにされて
- ウシの放血殺と健体解剖――ショックの気持ちを忘れずに
- ニワトリの解剖――首を切って、熱湯に入れて、羽をむしって
- ウシの直腸検査――神や顔にウンチがべったりと
- (中略)
- 国家試験に向かって――クジラの妊娠期間は?
- さらば学園生活――私が治してあげるからね
- たくさんの魂を一緒に乗せて――生命を差し出してくれた動物たちと
- 《初版》の「あとがき」にかえて
- 《新版》の「あとがき」にかえて