松谷みよ子『現代民話考10 狼・山犬 猫』

猫民話の集大成。
松谷みよ子氏が集めた「現代民話」集である。明治以降、民間で伝えられた民話・伝説・うわさ話などを集めたもの。中にはごく最近の話も載っている。
前半(~page169まで)は、狼と山犬の話。
後半(page171-346)は猫の話。
数行のごく短いものから、長くても2ページくらいまでの民話を、とにかく数多く集めてある。解説は前文の数ページだけ、あとはひたすら民話をずらりと並べたものだ。だから読んでいてすごく面白いというわけではない。しかし文献的価値は高いのだろうと思う。
狼・山犬の章は、送り狼の話が多かった。山道を歩いていると、狼が後をつけてくる、転ぶと噛みつかれるので注意して家まで帰る、戸口にお土産(あずきめし、塩など)を置いておくとそれを食べて山へ戻る、などというような話が延々と繰り返される。西洋の童話に出てくるようなずる賢く残酷な狼は出てこない。むしろ親切で律儀な狼が多い。
猫の章では、最初の方、つまり、明治~昭和初期くらいは、化け猫伝説が圧倒的に多い。
化け猫と言っても、鍋島の猫騒動のような恐い化け猫は少ない。山中で女に会った、とか、ロシア軍人(この辺が明治らしい)が酒盛りしていた、あるいは誰かが石を投げていた、というような話で、山中でそんな人がいるのは変だから猫が化けていたのだろう、としめくくる。
猫が実際に化けるところを見たわけではなく、別に猫でなくとも、狐や狸でも良さそうな話ばかりだ。他には、猫が山の中で踊っていた、など。
それが時代が下ると少し様変わりしてくる。実際に猫を虐めた人が、後日嫌な目に遭う、というような内容になるのである。ねこのたたりだというのであるが、さてどうだろうか?
例えばこんな話が載っている。
岩手県二戸群一戸町。昭和五三年頃のこと。昆君は兄と友人とで沢に行ったら猫がよろよろと歩いて来た。そうしてバタッと倒れた。兄はその猫をつかまえて沢水の中に入れたら這い上がってきた。そこで又、水の中に入れ這い上がるのを繰り返していたら、猫は死んでしまった。その夜、昆君は首筋がざわざわしそうな変な夢を見た。
=話者・昆孝行。回答者・遠山英志(岩手県在住)』page257
これなんかは、猫を殺したから猫にたたられた、というより、猫を殺してしまった罪悪感が悪い夢を見させのだ、と解釈する方が自然に思われるし、実際今の人ならそう考えるだろう。
こんな残虐なことをして、その夜に悪い夢をみて、それを「ねこのたたり」だなんて、それじゃ猫があまりにかわいそうだ。
しかし別な見方をすれば、昭和53年というごく最近まで、猫を殺す程度で人間様が罪悪感なんか感じるはずはない、という見識の方が強かったと言うことではないだろうか。
猫を殺しても普通の人は何も感じない。悪い夢を見たとすれば、それは猫がたたったからだ、人が悪い訳ではない、と・・・その程度の動物愛護精神だったという証拠ではないだろうか。
ところが時代がさらに最近になると、もうすっかり内容が変わってしまう。猫サイトの掲示板で見られるような話が多くなるのだ。
死んだ愛猫が夜中に家の中を歩いていた、という話がある。しかし「だから猫は怖ろしい」ではなく「また会いに来てね」と飼い主はむしろ嬉しそうだ。
つい数十年前なら怖ろしい化け猫伝説となるであろうところを、現代という時代は微笑ましい愛情物語にしてしまうのである。
ところで。
こんな民話は大いに流布して欲しい。
大阪府。最近きいた話。大阪でこのごろ猫をあんまりとれへんねんて。猫とりする人がな、あんまりええ死に方せんからな。このごろ猫とりをするのが少のうなった、という。
話者・近所の人。回答者・掘方知(大阪府在住)。』page258
その通りですぞ。猫を捕ったらええ死に方はせん。だから捕るな。
(2004.9.13)

松谷みよ子『現代民話考10 狼・山犬 猫』

松谷みよ子『現代民話考10 狼・山犬 猫』
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『現代民話考10 狼・山犬 猫』
- 著:松谷みよ子
- 出版社:立風書房
- 発行:1994年
- NDC:388(伝説・民話)
- ISBN:4651502105 9784651502106
- 350ページ
- 登場ニャン物:多数
- 登場動物:オオカミ、ヤマイヌ
目次(抜粋)
- 序文 明日の民話のために
- 第1章 狼・山犬
- その一、オオカミや山犬へのおそれと親しみ
- その二、おそろしい狼
- その他
- 第2章 猫
- その一、猫の怪
- その二、猫の笑い
- その他
- あとがき