三島由紀夫『命売ります』
命拾いした男が考えた商売。
彼は精励なまじめな社員だった。
ところが、ある日のこと。
彼が読んでいた新聞の間にゴキブリが潜り込んだ。
すると、読もうとする活字がみんなゴキブリになってしまい、なぜかその瞬間、彼は世の中の仕組みが分かったような気がし、その結果、むしょうに死にたくなった。
だから、自殺した。
目が覚めたら病院の中。自殺しそこなったのである。
一度は失った命。もうどうなってもかまうものか。
で、会社には辞表を出し、新聞の求職蘭には広告を出した。
「命売ります。お好きな目的にお使い下さい。当方、二十七歳男子。秘密は一切守り、決して迷惑はおかけしません」
そしてアパートの住所をつけておき、自室のドアには、
「ライフ・フォア・セイル 山田羽仁男」
と洒落たレタリングをした紙を貼った。
page 11
早くも翌日には、客が現れ・・・・
* * * * *
三島由紀夫に、こんな軽いタッチの娯楽小説があったとは、この本を読むまで知らなかった。
内容的には、気楽に楽しむミステリーといった感じだ。「命」というものについての洞察などは、さすがその辺の三流文士には及びもつかない深いものがあるが、全体的にはほとんどコミカルな小説だ。
三島由紀夫は好きなので論じ始めるとキリがなくなる、だから止めておこう。そういうのは純文学サイトで(やってないけど)。
ここでは、猫愛護サイトとしてのポイントのみ指摘。
「猫」がでてくるのは二カ所。
一回目は、
ただ一つ僕はシャム猫を飼いたいと思いながら、億劫でとうとうチャンスがなかったので、僕が死んだら、僕の代わりにシャム猫を飼ってくださるとありがたいです・・・・
page15
という主人公の科白七行分。
二回目は、
猫をからかっていると、ニャアと言ってあけたその魚臭い口のなかの暗闇に、突然、大空襲の焼け跡の都市みたいな、真っ黒な廃墟の街がひろがっていること。
シャム猫の鼻先に、シャベルでミルクをやって、呑もうとするとシャベルをはね上げて、猫の顔をミルクだらけにしてしまうこと。
page186
という箇所の十一行分。
三島由紀夫は、一見ドーベルマンかシェパードを従えて喜んでいそうな雰囲気の作家である。が、ナルシストだし、その本性には猫的要素が多く隠されているのではないかと思っていたら、やはり大の猫好きだったそうだ。
両親は猫嫌いだったらしいけれど、由起夫は猫のカレンダーを愛用していたそうだし、猫と一緒に写っている写真だけはやけに嬉しそうに笑っているなど、実は相当な猫好きだったらしい。
(2003.04.27)
※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。
『命売ります』
- 著:三島由紀夫(みしま ゆきお)
- 出版社:筑摩書房 ちくま文庫
- 発行:1998年
- NDC:913.6(日本文学)小説
- ISBN:4480033726 9784480033727
- 269ページ
- 登場ニャン物:
- 登場動物: