スティーブンス編『奇跡を呼んだ猫たちのおとぎ話』

スティーブンス編『奇跡を呼んだ猫たちのおとぎ話』

 

猫が大活躍する寓話を、世界中から。

猫が大活躍する寓話といえば、誰もがおそらく真っ先に思い浮かべるであろう『長靴をはいた猫』。
あまりに有名な話ですよね。
ペロー編(フランス)とグリム兄弟編(ドイツ)が有名ですが、もともとは人々が口から口へと伝えた伝承民話。さまざまなバリエーションがあるのは当然です。
でも、長靴をはいていないバーションが先にあったなんて、ご存じでしたか?
また、猫が裏切られるバリエーションまであったんて?

スティーブンス編『奇跡を呼んだ猫たちのおとぎ話』

スティーブンス編『奇跡を呼んだ猫たちのおとぎ話』

猫のお陰で幸せになった有名人の代表、ふたりめは、ディック・ホイッティントンで決まりでしょう。
極貧の少年が、唯一の財産だった猫を貿易船に託したら、その猫が大金で売れ、金持ちの貿易商令嬢と結婚し、ついにはロンドン市長に3回もなったという人物です。
この寓話も、バリエーションとともに掲載されています。
それらをこの本で読んで、私、うかつにも、今ごろやっと気づきました。この猫わらしべ長者?(笑)の原案といいますか、アイディアを得た根っこが何であったのかを。あまりに有名な話すぎて、今までそういうことに頭を巡らせることすらなかったんですよね。
でも、つぎの一文を読んで、一瞬にして分かったのです。

猫を乗せた船は、長い航海の末、ついに逆風を受けて、ムーア人の住むバーバリ(北アフリカ)海岸に乗り上げました。
『ホイッティントンと猫』page65

これだけ詳細に場所と人種が特定されていれば、ひらめいて当然ですよね(汗)。
そう、古代エジプトの猫信仰。かつて、エジプトでは猫は神様だったのです。
イングランドから船に乗せてわざわざ連れて行くまで、リビア砂漠出身の猫という動物を、北アフリカの人々が知らなかったという設定は変というか「あり得ない」とは思いますけれど、これはイングランド(英国)の民話。まあその点は目を瞑りましょう。
大昔、イングランドに、北アフリカでは猫がものすごく大事にされるらしいと伝え聞いた人々が作った話と思われます。

・・・と、ちょっと得意になって読み進んだら、本の中にちゃんとかいてありました!

「ホイッティントンと猫」の話には、いろいろなバリエーションがあるが、実際にあったことも含んでいるようだ。
古代エジプトでは、猫はたいへん貴重なものdったので、猫の輸出は法律で禁止されていた。しかしヨーロッパでは、ペストを根治するには、スカンクとイタチしかいなかったので、エジプト人から猫を手に入れようと、何度も話し合いをもったが失敗に終わっている。
(中略)猫をはじめて南米にもちこんだとき、六百ペソもうけたと言われている。ブラジルのクヤバに大量発生したネズミ退治のためにつれてこられた二匹の猫は、金1ポンドで売られたともいわれている。(後略)
page85-86

あはは。そうですよね。誰だってこんなこと、知っていて当然。今まで気づかなかった私こそアホ。

そういえばかつての日本でも、猫は大事にされました。とくに養蚕が盛んだった地域では、猫は絶対的に不可欠な存在だったようです。よくネズミを捕る良い猫は、高い価格で取引されました。五両もした猫もいたとか。

しかしなんといっても驚くべきとは、奥州(山形県)で取引されていた猫の値段だ。

「鼠の蚕にかかる防(ふせぎ)とて猫を殊に選ぶことなり。上品の所にては、猫の値金五両位にて、馬の価は一両位なり。土地によりて物価の低昻かく迄なるも咲(わらふ)べし。
(松浦静山『甲子夜話2』中村幸彦・中野三敏校訂、平凡社東洋文庫)」

田畑を必死に耕した馬よりも、猫の方が値段が高いなんて、(後略)
須磨章『猫は犬より働いた』page117

猫一匹五両といえば、人気シリーズ『猫侍』でも、斑尾久太郎は五両で猫の玉之丞暗殺を引き受けたんでしたっけね。もっとも、久太郎は玉之丞を殺すどころか、こっそり連れ帰って溺愛することになるのですが。

すっかり脱線してしまいました。

本では、ホイッティントンと猫のバリエーションも紹介されていて、興味深く読めます。

日本のおとぎ話も3話紹介されています。「ゴンとコマの駆け落ち」これは山東京山『朧月夜猫の草紙』のバリエーションでしょうか?『朧月夜』とは雄猫の名前(トラ)が違っていますが、内容はざっくりとですが類似しています。

面白いと思ったのは、日本の3話のうち、猫が活躍する2話では、猫にちゃんと名前がついていることです。他国の古い寓話では、単に「猫」等とだけ言われている話が多いのに(もちろん、立派な名前がついている話も少数ありますが)。

私がいちばん気に入った物語は、『フルダおばさんとウィンクする占い猫』(アメリカ)という話でした。あとがきを読んだら、訳者の池田雅之氏も同じく、一番感動したおとぎ話は『フルダおばさんとウィンクする占い猫』だったと書いていました。ストーリーが面白いというだけでなく、チクリとした皮肉も含んでいて、ちょっと考えさせられる内容となっています。完成度の高い物語です。

この本は、児童書の装丁ではありませんが、小学生高学年以上であれば読めると思います。
全部で27話の猫物語が収められています。

スティーブンス編『奇跡を呼んだ猫たちのおとぎ話』

スティーブンス編『奇跡を呼んだ猫たちのおとぎ話』

 

※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。

 

『奇跡を呼んだ猫たちのおとぎ話』

  • 編:ジョン・リチャード・スティーブンス John Richard Stephens
  • 訳:池田雅之(いけだ まさゆき)
  • 出版社:株式会社草思社
  • 発行:1999年
  • NDC:933(英文学)
  • ISBN:9784794208774
  • 278ページ
  • 原書:”The King of The Cats and Other Feline Fairy Tales” c1993
  • 登場ニャン物:グリマルキン(『ウォルター・スコット卿の猫』)、ブチ(『娘を救った二匹の猫』)、ゴン、コマ(以上『ゴンとコマの駆け落ち』)、トミー(フルネーム:トーマス、『フルダおばさんとウィンクする占い猫』)、ダブルジェ(『猫の目とハニグジェの命びろい』)、ほか多数
  • 登場動物:ライオン、ネズミ、犬、タカ、ほか

 

目次(抜粋)

はじめに
プロローグ 猫の目のふしぎ

1 「長靴をはいた猫」が生まれるまで
まだ長靴をはいていなかったころの「長靴をはいた猫」(イタリア)
長靴をはいた猫(フランス)
ほか

2 猫の王は誰だ?
猫にご用心(イングランド)
ウォルター・スコット卿の猫(スコットランド)
ほk

3 ディック・ホイッティントンと猫の物語
ホイッティントンと猫(イングランド)
幸運を呼ぶ猫と正直なペニー銀貨(ノルウェー)
ほか

4 グリム童話に登場する猫たち
ブレーメンの音楽隊(ドイツ)
貧しい粉ひきの若者と子猫(ドイツ)
ほか

5 日本の忠義な猫たち
娘を救った二匹の猫(日本)
ゴンとコマの駆け落ち(日本)
ほか

6 猫と人間の変身譚
王女様になった猫(インド)
ライオンと猫の兄弟と玉に変えられた王子様(北アメリカ)

7 わが道をゆく猫たち
コーナル親子とごろつき猫たちのたたかい(アイルランド)
それでも一人で歩く猫(イングランド)

8 苦労する末娘は猫に救われる
やさしい継子の少女と動物たちの恩返し(スウェーデン)
猫村の猫たちと正直娘リジーナ(イタリア)

9 人間の運命を変えた猫たち
三匹の白猫の手を借りたお姫様(フランス)
魔法の石と利口な猫(北アフリカ)
ほか

10 猫の目が光るとき
猫の目とハニグジェの命びろい(オランダ)
空とぶ妖精猫スクラッチ・トムとおばあさんの大冒険(スコットランド)

訳者解説―――猫は光の国からの使者

著者について

ジョン・リチャード・スティーブンス John Richard Stephens

猫について数冊のアンソロジーを編集している。カリフォルニア在住。

池田雅之(いけだ まさゆき)

早稲田大学社会科学部教授。比較文化論、フォークロア論、動物文学専攻。
訳書にT.S.エリオットの『キャッツ』、 ラフカディオ・ハーンの「おとぎの国の妖精たち」、「うちの犬が変だ!」ほか

(著者プロフィールは本著からの抜粋です。)


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スティーブンス編『奇跡を呼んだ猫たちのおとぎ話』

7.8

猫度

8.5/10

面白さ

7.0/10

猫好きさんへお勧め度

8.0/10

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