吉行理恵『小さな貴婦人』
思い出すのは、ある色の猫のことばかり。
チャコールグレーの猫をめぐる女達の話。
その猫は、もういない。
老詩人の猫は33年も前に死んだ。作家の猫も死んだ。郵便局職員の猫は行方不明になった。
しかし今でも、3人とも、チャコールグレーの猫にこだわり続けている。
「いい猫だった」
チャコールグレーの猫の猫を懐かしみ、思い出に浸り、しばしば話題にする。
「あんなにいい猫はいない」
老詩人の家の庭には猫たちが集まる。しかし老詩人の思考回路は、33回忌の今でも、チャコールグレーの猫から離れることができない。そこで思考が完全停止している。33年も思い続けている。
作家は、チャコールグレーの猫の妹猫と一緒に暮らしている。チャコールグレーの猫が生きている間は、妹猫はまったく目に入いらなかった。まともな名前さえなかった。チャコールグレーの猫が死んだ今、少しは妹猫の存在を認識するようになった。ただし、あくまで「チャコールグレーの猫の妹猫」として。兄妹猫を同時に飼っていながら、チャコールグレーの猫ばかりをこれほど贔屓するとは異常としか思えない。
老詩人は親の遺産でつつましく暮らしている。
話すことは支離滅裂で、詩人だから夢見がちなのか、本当に頭がおかしくなってきているのか、よくわからない。
作家は、小説を書いてはいるけれど、原稿料だけでは生活できないので、毛糸売り場に勤めていたが、辞めて、親の援助を受けて生活している。
郵便局職員は、郵便局を止めて、猫雑貨のお店を開いた。
女達は、会うたびに、思い出の中のチャコールグレーの猫をそれぞれに語り、
「いい猫だった」
という。
もっとも、どう良かったのかは、ほとんど語られない。断片的に見えてくるのは、ごく普通の猫である。綺麗なチャコールグレーの毛並みだった。綺麗な目の色をしていた。気持ちが通じ合っていた。
それ以上のことはほとんど語られない。
ただ、
「いい猫だった」
と繰り返されるばかりである。
なお、私が持っているのは Sincho On Demand Books版だが、新潮文庫の中古本で検索すれば安く手に入ると思う。
(2008.9.4.)
※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。
『小さな貴婦人』
- 著:吉行理恵(よしゆき りえ)
- 出版社:新潮社 Sincho On Demand Books
- 発行:2001年
- NDC:913.6(日本文学)小説
- ISBN:4101254028(新潮文庫)
- 183ページ
- 登場ニャン物:トンガ、ダイアナ、キャサリン
- 登場動物:-
目次(抜粋)
- 猫の殺人
- 雲とトンガ
- 赤い花を吐いた猫
- 窓辺の雲
- 小さな貴婦人
- あとがき