書評:浅田次郎『赤猫異聞』

赤猫異聞

 

三人のうち一人でも戻らなければ戻った者も死罪、三人とも戻れば全員が無罪。

この小説に、猫は、まったく出てこない。

白状すれば、この本を見つけたとき、猫好きな浅田次郎氏がやっと猫の本を出してくれたかと喜んで買ってしまったのである。ところが、内容は、猫とはまったく無関係だった。
それは残念だけど、でもさすがは浅田次郎♪ 実に爽快!最近のニュースで汚されまくった肺に、さわやかな酸素が送り込まれたようなスッキリ感で読み終えた。

「赤猫」とは、

(前略)正しくは「解き放ち」ともうしました。

そもそも「赤猫」は放火犯の俗称、総じて火事を指します。しかるに天満町牢屋敷におきましては、火の手が迫った際の「解き放ち」をそう呼んでおりました。

むろん囚人どもの符牒でございますよ。私ら役人がまかりまちごうて「赤猫」などと口にしようものなら、上役からこっぴどく叱られたものです。

たとえいかなる極悪人でも、火事で焼き殺すは余りに不憫というわけで、鎮火の後はいつ幾日、どこそこに必ずや戻れと厳命して解き放つ。戻ってくれば罪一等を減じ、戻らぬ者は草の根分けても探し出して磔獄門、という次第になります。

「赤猫異聞」ISBN : 9784101019277 p.9

そしてまた、

正直のところを申せば、解き放ちはいかにも芝居がかった、伝馬町牢屋敷の華のとどきものでございました。火事と喧嘩が江戸の華ならば、その華の中の華でございますな。

「赤猫異聞」ISBN : 9784101019277 p.10

明治元年、大火事が起こった。頃は師走、雪のちらつく寒い時期である。

江戸幕府が明治政府に替わったばかりで、265年も続いた制度は、まだたっぷり残っていた。が、と同時に、新しい制度にどんどん変えられ始めた年でもあった。

当然ながら世の中は混乱を極め、指揮を執る立場人間は次々と変わり、伝統は軽視され、袖の下ばかりが横行する。混乱期に幅を利かせるのは狡猾な人間と決まっている。世の中、腐りきっていた。

まだ腐っていなかったのは、むしろ底辺の者たちだった。下っ端役人の中でも最下層の、牢番たち。庶民の中でも最下層の、ばくち打ちや夜鷹、夜を騒がす「辻切り」、など。

この小説は、五つの章からできている。同じ事件について、五人の語り部が、各々の立場から、明治元年の赤猫(=解き放ち)について、それぞれの真相を語る。

その内容がすごい。

最初の語り部は、当時はまだ若かったある牢番。世の仕組みについても、また人々の心の機微についても、まだ何も知らなかかったといって良い青二才。それだけに、見たままを忠実に、いわば新聞のように中立な事実を語る。

その後、他の語り部たちによって、話に肉が付き心が入る、そして最後にドカンと大きな魂が吹き込まれる。思わぬ顛末に、度肝を抜かされると同時に拍手喝采したくなる。

あっぱれなり、江戸の勇者どもよ!

これほどの覚悟をもって生きている人間が、今の世に、どれだけ残っているだろう?国のトップならいざ知らず。牢獄に繋がれるような罪人たち、あるいは、そんな罪人たちを番する、下も下っ端の役人たち。

彼らには、揺るぎない信念があった。人間として譲れない矜持があった。

脱帽。

傑作です。

(2017年7月8日)

 

※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。

 

『赤猫異聞』

  • 著:浅田次郎(あさだ じろう)
  • 出版社 : 新潮社 新潮文庫
  • 発行年 : 2012年
  • NDC : 913.6(日本文学) 長編時代小説
  • ISBN : 9784101019277
  • 383ページ
  • 登場ニャン物 : ―
  • 登場動物 : ―

 

赤猫異聞

浅田次郎

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赤猫異聞

新潮文庫ではこれしか出していないのですね。浅田次郎の作品数はもっと多いです。

 

著者について

浅田次郎 (あさだ じろう)

1951(昭和26)年、東京生まれ。95(平成7)年『地下鉄(メトロ)に乗って』で吉川英治文学新人賞、97年『鉄道員(ぽっぽや)』で直木賞、2000年『壬生義士伝』で柴田錬三郎笑、08年『お腹召しませ』で司馬遼太郎章、08年『中原の虹』で吉川英治文学賞、10年『終わらざる夏』で毎日出版文化賞をそれぞれ受賞した。

(著者プロフィールは本著からの抜粋です。)


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