神坂次郎『猫大名』

2002年発行「猫男爵」改題。
石高、わずか百二十石の大名。
といってもピンと来ない現代人のために、著者は簡単に計算してくれている。それによると、現代なら「年収、ざっと三百八十四万円。十二ヶ月に均せば一ヶ月三十二万円。」(p.11)
わずか月三十二万円でボーナス無しでは、家来を養うどころか、家族を食わせるだけで精一杯ではないか。しかも領地領民は守らなければならず、参勤交代には行かなければならず、その他大名としての仕事、もろもろ。これではやっていけるワケがない!
で。
せっせと内職したのである。その内職とはすなわち、「猫の絵を描くこと」。
実在の大名である。血筋はすばらしい。あの新田義貞の直系なのだから。しかし不運が重なって、わずか百二十石の扶持となった。
それでもこの大名、逞しく世を渡っていく。そして江戸時代が終わり、明治政府となったとき、百二十石の大名は「男爵」を受爵した。
そんな、歴史上いわば無名の大名に焦点をあてて、著者は江戸時代の世相を、おもしろおかしく描いていく。大奥の裏話。将軍が猫舌なわけ。ある大名家のお家騒動。ある旗本が馬術で土地を得た話。その他その他。
当時の生活やしきたりが、良く分かって面白い。
で、どうして猫の絵を描くことが内職となったのか、って?
当時の百姓にとってネズミ害は生死にも関わる問題だった。穀物や蚕棚を守るため、生きた猫を飼う以外に、猫の絵を飾ることで、人々はネズミを防ごうとした。中でも百二十石の大名、「新田の殿様」こと新田岩松氏の描く猫絵が一番効力があるとされ、人々は争って猫絵を求めたのである。
こうして、新田岩松氏は累々四代に渡り、猫絵を描き続けることになる。描き溜めた猫絵が五十枚ほどになると、それを手みやげに“知行所巡見”の旅に出る。要するに金集めの旅だ。血筋と猫絵を頼みの武器に、江戸末期の乱世を必死に切り渡っていく。
残念ながら猫そのものはほとんで出てこないが、江戸時代の庶民の生活や舞台裏が興味深く描かれた小説で、面白く読めた。
(2009.6.3.)

神坂次郎『猫大名』
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『猫大名』
2002年発行「猫男爵」改題
- 著:神坂次郎(こうさか じろう)
- 出版社:中央公論新社 中公文庫
- 発行:2009年
- NDC:913.6(日本文学)小説
- ISBN:9784122051096
- 319ページ
- カラー口絵
- 登場ニャン物:描かれた猫達
- 登場動物:ねずみ