村松友視『アブサンの置土産』

村松友視『アブサンの置土産』

 

愛猫アブサンの死から5年。

『アブサン物語』『帰ってきたアブサン』の続編。

5年たっても、ムラマツ夫婦は、アブサンの死から抜け出せない。
アブサンの残影というか、余韻が、ふたりの上に色濃く残っている。

ムラマツ氏は、アブサンの鈴の音を何回も聞く。カミさんがフランスで買ってきたという鈴の音だ。
そしていまだにアブサンの思い出を書いている。
もちろん、編集者側には、『アブサン物語』という大ベストセラーの名声を利用できる間は利用しようという計算はあるだろう。
しかしムラマツ氏の筆遣いに、そんな邪念は感じられない。ただひたすらにアブサンを懐かしんでいる。

氏の書庫は、晩年のアブサンお気に入りの隠れ場所だった。
その書庫には、独特の匂いがある(臭いでもにおいでもなく匂いという字が当てられていることにも注意)。

いわゆる古い本の匂いだけでなく、そこにアブサンのオシッコやウンチの匂いがまじっているのだ。もちろん、気が付いた時に掃除はしたが、かなり長いこと気づかないこともあり、匂いがすっかり書庫にこびりついてしまっているらしい。
そしてアブサンの死後も、その匂いをなくしてしまおうという気持ちなどないため、書庫にはアブサンの”おもらし”の跡が、残り香としてただよっているというわけだ。
page106

おもらしの匂いさえ懐かしくて消せない。
消せないどころか、それを「スパイス」と称し、アブサンの残り香が「書庫に書庫らしい趣を与えてくれた」と喜んでいる。
これは、愛する者を失くした人間でなければ決して理解できない感情だと思う。

そして、カミさん。

いまだに、『アブサン物語』『帰ってきたアブサン』も読めずにいる。
いまでもアブサンの夢をよく見るらしいし、その内容も良く記憶しているようだ。
アブサンのオシッコの残り香さえ愛しんでいるのは、カミさんも同じだ。

いつまでもアブサンを忘れられない、もう若くはない作家のひとりごとのようなエッセイ集です。

ところで。以下、蛇足です。

アブサンという名前は、保護直後の子猫の声は嗄れていて、それを氏が

「ヨーロッパあたりの波止場の酒場にいる女でさ、アブサンを飲み過ぎて喉がつぶれた女なんてのがいるだろ」
『アブサン物語』ISBN:4309010296 page28

という連想からつけられた。

私はアルコールはまったく飲まないから、アブサンなるものは酒の一種だという知識しかない。飲んだことはもちろん、見たこともなかった・・・いや、もしかしたらあるのかもしれないけど、興味の無いものは、たとえ目にしても、その映像は眼球の上を横にすべってそのまま耳の上を素通りして後ろから抜けていく、そのくらい記憶に残さないタチだから、まったく覚えていない。
なので、この歳になるまで何故か、アブサンという酒はウイスキー(茶トラというべきか)のような色か、でなければにごり酒のような白濁・・・それは猫のアブサンの声が嗄れていたという連想からだ・・・と、ずっと勘違いしていたのだ。

ところが、この本に、アブサンは緑色のリキュールと書いてあった(page149)。
すぐに画像検索してみたら、おお、なんて美しい緑色!
ああだから、上の引用文の続きに「緑色の眼はそういうヨーロッパ的なだね」なんて文章もでてきていたのね。
知らなかったよ~~

村松友視『アブサンの置土産』

村松友視『アブサンの置土産』

 

※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。

 

『アブサンの置土産』

  • 著:村松友視(むらまつ ともみ)
  • 出版社:河出書房新社 河出文庫
  • 発行:2008年
  • NDC:914.6(日本文学)随筆、エッセイ
  • ISBN:9784309409214
  • 207ページ
  • 登場ニャン物:アブサン、袖萩、小チャメ、アダチ、ステテコ、チビ、タマ、モモ、夜
  • 登場動物:

 

 

著者について

村松友視(むらまつ ともみ)*本来の漢字は「ネ」ではなく「示」の右に「見」の字。

出版社勤務を経て、文筆活動に入る。1982年、『時代屋の女房』で第87回直木賞受賞。97年『鎌倉のおばさん』で泉鏡花文学賞受賞。著書多数。

(著者プロフィールは本著からの抜粋です。)


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村松友視『アブサンの置土産』

9.2

猫度

9.5/10

面白さ

9.0/10

愛猫家へお勧め度

9.0/10

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