リリアン・J・ブラウン『猫はひげを自慢する』

ブラウン『猫はひげを自慢する』

 

『猫は・・・』シャム猫ココシリーズ最終作

ふつうの猫のヒゲの数は48本だが、ココだけは総計60本も持っている。クィラランは、ココの特殊な才能は、そのヒゲのせいだと考えている。なぜならクィララン自身、その特大の口ヒゲがチクチクして、事件の真相に気づくことが多々あるからだ。

クィラランは、かつてリンゴ貯蔵用納屋だった建物を住居に改造して住んでいる。八角形の大きな建物で、内部は4階建て、中央は巨大な暖炉を囲った大きな吹き抜けで、各階はらせん状の傾斜路でつながっている。猫達にとってはまさに理想的な環境だ。らせん傾斜路を走り回り、階上から飛び降りたりと上下運動にも申し分なく、周囲はちょっとした森みたいで鳥たちやリスが遊び、網戸で囲まれた東屋もある。

かなり特殊な構造だったので、見たがる人は多かった。南から来たその青年は、大学では建築科専攻を希望していて、勉強のためクィラランの納屋をデッサンさせてほしいという。クィラランは快諾した。

そのくらい素晴らしい住居なのだが、難点は、家全体の暖房は難しいということだった。なにしろムース郡は、どこからも400マイル北にある、カナダ国境沿いの僻地である。冬のブリザードは半端ない寒さと雪だ。

だから冬は、コンドミニアムに移った。一棟の建物の中に4つの住居があって、クィラランのガールフレンドのポリー・ダンカンもそのひとつに住んでいる。

さて。

旧レッドフィールド邸は、老夫婦が亡くなったあと、博物館に整備された。先祖代々の貴重な品々や、多数の剥製が飾られている。博物館を管理することになったのは、レッドフィールド夫婦の元アシスタントの女性二人。

その一人がハチに刺されて死亡してしまった。繰り返しハチにさされたためのアレルギー反応、アナフィラキシーショックだった。まだ若かったのに、不運な事故だった。

が、なぜかココは「死の咆哮」をあげた。クィラランは良く知っていた。ココがそのように鳴くとき、どこかで殺人が行われたということを意味するのだ、ということを。

さらに、クィラランにとっての、大事件が待っていたのだ。それも、ひとつならず、ふたつも。

ブラウン『猫はひげを自慢する』

ブラウン『猫はひげを自慢する』

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この『猫はひげを自慢する』(2007)は、シャム猫ココシリーズの最終回です。
著者は次作として、”The Cat Who Smelled Smoke” という作品を予定されていたそうですが、ついに刊行されることは無く、2011年7月4日、ブラウン女史は亡くなられました。残念です。ご冥福をお祈り申し上げます。

で。

最終回ですので、ネタバレなレビューを書きます。
ふだんは、ミステリー小説にネタバレなんてヤボなことはしないよう気を付けているのですが、・・・これだけ続いた長期シリーズものの最終回、それも想定外の中断による最後ということで、失礼して、ネタバレを。

といっても、犯人解読の本筋に触れる内容ではありません。以下をお読みになっても、犯人捜しのヒントは何一つありません。その点はご安心ください。

でも、『猫は・・・』シリーズの愛読者にとっては、エッと驚くような展開があります。ココファンでこの本を未読の方は、以下は閲覧注意です。

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ネタバレ注意

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クィラランにとっての、一番目の大事件。
それは、ガールフレンド・ポリーのこと。

ポリーは、元図書館長。クィラランと同世代の女性、バツイチ、昔はサイズ16号を着ていたのですが、心臓のバイパス手術をうけてからは14号にサイズダウンしました。声が音楽的だとよく褒められます。図書館長らしく、知性も教養もあります。(でも美人だとはどこにも書いてなかった気がします・・・汗)

エディントン・スミスの死後わずか2日後に、彼の中古書店が焼け落ちた時、ムース郡は膨大な書物と同時に、唯一の本屋をも失いました。本屋が一軒もない地方なんて文化的ではないと考えたK基金がバックアップして、新しく本屋が建設されます。経営責任者にはポリーが引き抜かれます。

でも、この辺から、ポリーとクィラランの間がなんかぎくしゃくしてくるんですよね。

2人は公認のカップルで、独身同士、結婚を妨げる理由はどちらにも何一つないはずなのに、なぜか結婚しませんでした。シリーズの中では何回も、周囲に二人の結婚予定を聞かれては、クィラランが頑なに否定しています。そしてクィラランによれば、ポリーの方も「もう誰とも結婚する意志はない」のだ、と。

でもね、ちょっと変じゃないですか?ポリー自身の口から「クィルと結婚する気はないの」なんて発言は、いちどもあった記憶がないのです。そのあたり、なんとなく著者の周到な計略が感じられます。

だって、女性というものは、時代を問わず、洋の東西を問わず、自分を正式な妻としない男性からは、いずれ必ず離れていく性だからです。どれほど愛されていても、贅沢をさせてもらっていても、正式な妻としないなら心は離れてしまいます。『源氏物語』で紫の上があれほど苦しんで出家を願い40歳の若さで死んでしまうのは、彼女が側室という地位のままだったからです。どれほど源氏の君に愛されようと、またあの時代の身分制度では彼女が正室になれないことはわかっていてさえも、側室には耐えられなかった。ハリウッド映画でも同様でしょう。愛人たちは誰もがたちまち寝返ってしまいますが、それはより魅力的な相手が現れたからというより、彼女らがただの愛人にされたままだからです。たとえ寝返った結果、命を狙われることになると分かっていても、いつまでも愛人でいることに女は我慢できないのです。

ポリーとさっさと結婚しないと、クィラランは必ず振られるぞ。私はずっとそう思っていました。

そして、案の定。クィラランは突然あっさりと振られてしまいました。短い手紙一本で。クィラランは呆然としますが、著者も女性。「あらだって最初から貴方は振られる設定なのよ」とばかりに、あまりにあっけない最後でした。

私にとって、クィラランの失恋よりずっと意外だったのが、元りんご貯蔵納屋の火事です。

元納屋は、猫達にとって実に理想的な空間でした。また、クィラランが箱買いして集めた中古本が多数ありました。著者は、ポリーを去らせただけでなく、猫達の大事な空間と多数の書物まで燃やしてしまったのです。猫と本が好きな私には、なんてもったいない!宝石や高額債券が失われるより、はるかに惜しい出来事に思えてなりません。

しかしよく考えてみれば、最初にK屋敷が燃えてしまいました。膨大な蔵書とともに。ほかの屋敷も、蔵書ともども、しばしば燃え落ちています。エディントン・スミスの価値ある中古書店も燃えました。そして今度はクィラランの蔵書。

ブラウン女史という作家は、しばしば建物と一緒に本も燃やしてしまうんですね。ああ、勿体ないなあ!

全体的に、この『猫はひげを自慢する』は、ばたばたしてまとまりが悪く、ミステリーとしてのストーリー性がいつもほど練られていないような気がして、なんか変だと感じました。最初に読んだときは、これが最終作になるとはわからなかったのです(このレビューは再読後に書いています)。訳者の羽田詩津子さんも最終作とは思っていらっしゃらなかったと思われる「訳者あとがき」です。でも、・・・どことなく、なんか変だ。いつものココシリーズでありながら、微妙に雰囲気が違う?

著者自身、何か感じ取っていたのかもしれません。この後のクィラランとココ・ヤムヤムコンビがどうなるのか、読めなくて残念です。
ブラウン女史のご冥福をお祈り申し上げます。

『猫は・・・』シャム猫ココシリーズ まとめはこちら

ブラウン『猫はひげを自慢する』

ブラウン『猫はひげを自慢する』

 

※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。

 

『猫はひげを自慢する』
『猫は・・・』シャム猫ココシリーズ

  • 著:リリアン・J・ブラウン Lilian Jackson Braun
  • 訳:羽田詩津子(はた しづこ)
  • 出版社:早川書房 ハヤカワ文庫
  • 発行:2007年
  • NDC:933(英文学)アメリカ長編小説
  • ISBN:9784150772314
  • 207ページ
  • 原書:”The Cat who had 60 Whiskers” c2007
  • 登場ニャン物:ココ(カウ・コウ=クン)、ヤムヤム
  • 登場動物:

 

 

著者について

リリアン・J・ブラウン Lilian Jackson Braun Bettinger

1913年6月20日 – 2011年6月4日。アメリカの推理作家。
10代の頃から約30年、新聞社に勤務。
1962年、飼い猫のシャム猫がマンションの10階から突き落とされて殺された怒りと悲しみを忘れるために、記者業の傍ら執筆した短編「マダム・フロイの罪」(原題:The Sin of Madame Phloi)が『エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン』6月号に掲載され作家としてデビュー。エラリー・クイーンに「もっと猫の話を書くよう」勧められたことから、ココ・シリーズが生まれたという。
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ブラウン『猫はひげを自慢する』

6.5

猫度

7.0/10

面白さ

5.5/10

猫活躍度

7.5/10

猫好きさんへお勧め度

6.0/10

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