リリアン・J・ブラウン『猫は銀幕にデビューする』
ハリウッドから帰郷した老婦人の・・・。
どこからも400マイル北に位置するムース郡。
そのムース郡で生まれ、その後60年もハリウッドに住んで成功した82歳の女性、セルマ・サッカレーが、生まれ故郷に帰ってきた。実家は、もとは貧しいジャガイモ農家。父親が「低カロリーポテトチップス」で大儲けし、彼女は女優を夢見てハリウッドに、双子の兄は大学に進学して獣医師になった。
しかし両親はとうになくなり、獣医師の兄もハイキング中に転落死。セルマは、彼女にとって唯一の血縁者・甥のディックの近くで晩年を過ごそうと、北に戻ってきたのである。
ハリウッドでの成功者を迎え入れるにあたり、ピカックス市は大騒ぎ。クィラランの改造納屋で、歓迎会が開かれる。
ピカックス市民のもうひとつの関心事は、市内にある旧オペラハウスだった。オペラハウスとして使われなくなったあとは、映画館になったり、最近では倉庫として利用されたり。それを、誰か買い取ったのか、最近また何やら工事が始まった。今度は何になるのだろう?緘口令が敷かれているらしいのが、ますますウワサの種となり。
一方で、「キット・キャットの子猫の里親制度」は順調に進んでいた。それは、ムース郡では目新しいものだったが、他州各地ではすでに広く行われていたものだった。要するに、家のない子猫を保護し、里親を探す。保護中は一時預かりの家が子猫のお世話をし、社会化の訓練も行う。今の日本でも多数のボランティアたちが同様の活動を行っていますね。
その資金集めに、話題の旧オペラハウスが会場として利用されることも決まった。クィラランと、有名なシャム猫ココも、その会に参加することになる。
が、ココは何やら気に入らないらしい。
そして、誰かの死を告げるココの不気味な咆哮・・・
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この本を読み始めてすぐ、あららと思いました。『猫は鳥と歌う』に出てきたのと同じ言葉が引用されていたからです。そして、それについて、私は書評で以下のように書いたのでした。
「彼(=マーク・トウェイン)は猫が好きだったのよ」ポリーが思い出させた。
「知っているよ。彼はこういってる。”もし人が猫と交際したら、人は向上するが、猫は堕落させられるだろう”」
page54これ、トウェインの原文は、“If man could be crossed with a cat, it would improve man but deteriorate the cat.” なんですよね。羽田氏は「交際したら」と柔らかく訳していますけれど、意味としては「交配したら」の方がより原文に近くなります。
それが、今回は
「そうね」リザはいった。「それでも祖母は六十年たっても、まだ彼に夢中だったわ。(中略)祖母のいちばんのお気に入りの言葉は、猫の異種交配をしている男についてのものだったわ。”それは人間を改善するかもしれないが、猫にとっては有害である”(後略)」
page17
実に明確に「異種交配」と訳されていますね!その代わり、人間を改善する”かもしれない”と、ここの部分がぼやかされています。私なら”確実に改善する”とか書きそう(笑)。
偉人の名言について書きましたので、もうひとつ。地方〈ムース郡なんとか〉(正式名称)に、クイズとして出されたもの。
誰がこれをいったのか?
“三人のうち二人が死ねば秘密は守られる”。(後略)
page152
ほかにもクイズはあるのですが、なぜかこれだけ、答えが書いてないんですね。アメリカ人にとってはあまりに分かりやすいヒント付きなので、書く必要もないということでしょうか?でもここは日本ですから、答えを書いちゃいます。ストーリー展開とはなんの関係もないクイズでありながら、私のような人間だと、答えが気になって本に集中できない、なんてこともあるでしょうから。
答えは、ベンジャミン・フランクリン(1706年-1790年)。原文は “Three may keep a Secret, if two of them are dead.”
それから、本を読んでいておもわず噴き出したのが、クィラランの変化ぶり。彼の母親はスコットランドはマッキントッシュの出、またムース郡にはスコットランド人の祖先をもつ人が多い、という理由で、本シリーズではしばしばスコットランドが出てきます。スコットランドといえばキルト、そう、あの男性もスカートの民族衣装です。
クィラランは、最初の頃は、断固としてキルトを拒絶します。しかし、シリーズが進むにつれ、どうしようもない流れでキルトの民族衣装一式をあつらえる事態に陥り、やがてついに着るはめになり、さらにまたまた着る機会があり、そして今回。
「急いで考えて頂戴(中略)スコットランド人はハイランドの正装をするから、お祭り気分が盛り上がるわ」
「そうか・・・・・・期限がせまっているようだし・・・・・・イエスというよ」クィラランはハイランドの正装をするためなら、どんな理由でもいとわなかった。
page52-53
あらま。すっかり気に入ってしまったようですね。スコットランド・キルトの正装が。正装したいから、自分の住居である元納屋を、セルマの歓迎パーティーの会場に提供してしまうくらいに。
さて。
上記でも触れました子猫の里親制度。クィラランはどんな仕組みか、質問します。そして、子猫は、母猫と八週間いっしょに過ごさなければならないと説明されます。
この辺はやっぱりアメリカの方が進んでいるな、と感心しました。本が出版されたのは2003年。そして、日本では、今でもなお(2018年11月現在)、生後8週に満たない幼猫が、堂々とペットショップのウィンドウで売られていたりします。平成25年の動物愛護法で「生後56日を経過しない犬及び猫の販売又は販売のための引渡し・展示は禁止されます。 」と決められはしました。が、その条項は条件付きで、”激変緩和措置”として「平成28年8月31日までは45日、それ以降別に法律に定めるまでの間は49日」とも決められており、つまり、現状では56日ではなく49日のままで、いつ56日に改訂されるかは不明の状態が続いているということです。私から言わせれば、骨抜きな法律のままだということです。
幼い子猫はたしかにかわいい。おそろしくかわいい。けれど、その幼い頭にとって、49日と56日では大きな差があるのです。たった1週間で、その後の一生が変わってしまうほど、子猫は学ぶことができるのです。何を学ぶかといえば社会化教育です。社会化を学んだ子猫は、その後、人間や他の猫達とうまく付き合える可能性が高くなり、幸せになれる確率も高まります。人をガブガブ噛む猫より、噛まない猫の方が愛されるに決まっています。
1日も早く、日本でも「犬猫の販売等は生後56日齢以降」と確定してほしいものです。
※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。
『猫は銀幕にデビューする』
『猫は・・・』シャム猫ココシリーズ
- 著:リリアン・J・ブラウン Lilian Jackson Braun
- 訳:羽田詩津子(はた しづこ)
- 出版社:早川書房 ハヤカワ文庫
- 発行:2005年
- NDC:933(英文学)アメリカ長編小説
- ISBN:9784150772260
- 313ページ
- 原書:”The Cat who brought down the House” c2003
- 登場ニャン物:ココ(カウ・コウ=クン)、ヤムヤム
- 登場動物: