片野ゆか『愛犬王 平岩米吉伝』
日本一の犬キチの伝記。
平岩米吉といえば、日本の犬研究では間違いなく、第一人者だろう。
もしアナタが自称犬好きで、もし万が一にでも「平岩米吉」の名前を知らなかったなら、即、パソコンなんか閉じて本屋へ走りなさい。
いな、ネット書店で注文した方が確実かな。
平岩氏はまれに見る犬好きだったと思う。
この本を読んでその感をますます強くした。
また、とても幸運な人だったとも思う。
好きな犬を好きなだけ飼い、好きな研究に好きなだけ没頭できたのだから。
平岩氏は、生涯に70頭以上の犬たち(うち50頭はシェパード)、11頭のオオカミ、そのほか、ジャッカル・タヌキ・ハイエナ・キツネなどのイヌ科の動物たちを飼った。
しかもその接し方が尋常ではない。
気に入った犬がいれば、文字通り寝食を共にする。
ハイヤーに乗せて銀座まで一緒に連れて行く。
事細かに観察していちいち記録を取る。
犬を知るにはなるべくしつけなど行わず自然のままにふるまわせるのが一番と、米吉は基本的にしつけのたぐいは一切しなかった。犬たちの方で自然とマナーを覚えていった。
それは研究者としては正しい姿勢だったかも知れないが、嫉妬深い犬がいる場合、家族は常に大きなシェパードにねらわれる危険にさらされた。
米吉一人に忠実な余り、他の家族の言うことは聞かないばかりか敵視する犬までいたのである。
米吉はかわいい犬と一緒で楽しいかも知れないが、家族は大変である。
隣近所も迷惑している。
臭いのきついキツネ舎の横の家は、誰か引っ越してきても、すぐ逃げてしまう。
奇人と呼ばれても仕方ない。
これほどの犬好きで犬思いの米吉でさえ、失敗したこともあった。
ある1頭のシェパードを愛したあまり、その血を濃く残そうと無理を承知で近親交配させてしまったのだ。
その結果生まれたイリスは・・・著者の片野氏はとても慎重に言葉を選んではいるけれど・・・有り体に言えば、失敗作だった。
確かに親犬の性質は強く受け継いだ、しかし飼い犬としては、ゆがんだ性格の危険な犬となってしまった。
米吉は不憫がってますます可愛がったが、こんなシェパードは米吉だからこそ扱えたのであって、一般飼い主が飼えるような犬とはとても思えない。
今の日本でもなお、自分の愛犬を安易に繁殖させようとする人が絶えないけれど、米吉のような犬ベテランでさえ失敗するのだから、皆さんは決して生ませないでくださいね。
イリスの時代より、今の商業ベース・血統書犬ブームの犬たちの方が何倍も危険な交配を繰り返している可能性があり、どんな犬が出てくるかわかったものじゃないのですから。
少し前に見たドキュメンタリーでは、元繁殖屋アルバイトが「生まれてくる犬の子の半分は奇形」と発言していた。
別のNHK番組では「日本のラブラドルの60%が股関節に問題あり」とも。
話を戻そう。
米吉の最大のパートナーは妻の佐與子だった。
佐與子は、細いなで肩の大人しい女性で、最初は特に動物好きというわけではなかったそうだ。
それがある日、米吉にオオカミを抱いて運べと命令される。
いくら米吉に良く慣れているといっても、生きたオオカミである。佐與子は震え上がる。
しかし、夫を不機嫌にさせることの方がもっと恐かった。それで必死に抱いて犬舎まで運んだ。
その時、佐與子は動物への愛に目覚めたという。
米吉の幸運は、この佐與子という理解者を生涯の伴侶として得られた事と、子供達の中に由伎子という良き後継者がいたことだろう。
米吉が自分の趣味の研究に一生没頭できたのは、なんといってもこのふたりの功績が大きい。というより、このふたりがいなければ、到底無理だっただろう。
この本は、米吉の忠実な伝記である。
否、米吉とその犬たちの、忠実な伝記である。
犬やオオカミの生態や習性に関する記述も多く、犬好きなら特に楽しめよう。
猫に関しては、・・・米吉は名著「猫の歴史と奇話」も残しているのだが、著者の片野氏は猫に関心が無いのか、必要最低限の事をさっと書いてあるだけで、私としては全然物足りなかった。
あれだけの本を書いた米吉ならもっともっと猫とも係わっていたはず、と思うのだけど・・・?
だから犬好きの人にお勧めの本です。
でもその前に米吉自身の著作をまず読んでね。
(2006.8.14)
※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。
『愛犬王 平岩米吉伝』
- 著:片野ゆか(かたの ゆか)
- 出版社:小学館
- 発行:2006年
- NDC:289.1(個人伝記)
- ISBN:4093897034 9784093897037
- 335ページ
- モノクロ
- 登場ニャン物:複数
- 登場動物:犬たち、狼、ジャッカル、たぬき、ハイエナ、キツネ、その他
目次(抜粋)
プロローブ
第1章 狼に憧れた神童
第2章 白日荘のにぎやかな住人
第3章 動物文学に集う人々
第4章 愛犬の系譜
第5章 戦火のなかの動物
第6章 犬は笑うのか?
第7章 狼との対話
第8章 奇人先生の愛した犬たち
エピローグ
あとがき
出典・参考文献
【推薦:まめまま様】
トロンボーンさんもお持ちじゃありませんでしたっけ?
「狼 その生態と歴史」、 あの平岩米吉さんの伝記です。
狼とお散歩したり、家で犬の他にハイエナや狼を飼ったり、 好きじゃなきゃできないなぁ~って・・・
こういう破天荒な人のお話は、憧れ半分で読んでしまいます。
(2006.7.30)
*サイトリニューアル前にいただいておりましたコメントを、管理人が再投稿させていただきました。