ジャック・ロンドン『白い牙』

ロンドン『白い牙』

1/4だけ犬の血を持つオオカミの、壮絶な愛と戦い。

世界中で愛されている名作。120年たっても色あせないどころか、令和の今、ますます魅力的を増してきたようにさえ思えます。

ストーリー

父親は片目の老オオカミ。母親はオオカミと犬のハーフで人に飼われた経験がある。ホワイト・ファング(白い牙)には、1/4だけ犬の血が混ざっていた。

生まれたのは川岸の小さな洞窟の中だった。親オオカミたちは狩りに熟練していたものの、肝心の獲物が生息していなければ食料にもありつけない。食べられなければお乳も出なくなる。ホワイト・ファングの兄弟たちは、生まれて間もなく餓死してしまった。

ホワイト・ファングが唯一人生き残ったのは、並みはずれて丈夫な体と、それにもまして「生きたい」気持ちが誰よりも強かったからだ。初めて巣穴から出たその日に早くも最初の狩りをした。そして間もなく、母キチーについて歩くようになった。

そんなある日、母キチーは元飼い主のグレー・ビーヴァに再会し、また人に飼われる身となった。まだ幼いホワイト・ファングは母キチーについていくしかない。ホワイト・ファングの暮らしは一変する。人間から肉をもらって暮らすようになったのだ。が、インディアンたちと、その犬たちに囲まれた生活は決して幸せなものではなかった。犬たちは、ホワイト・ファングが自分達と似て非なるものであることを敏感に悟り、集団で虐めてくる。ホワイト・ファングは犬たちを憎むようになった。グレー・ビーヴァも愛情ある飼い主ではなかった。鞭と棍棒で犬たちを制した。やがて母キチーも借金のかたに売り飛ばされてしまった。ホワイト・ファングの孤独すぎる闘いが始まった。

その後、ホワイト・ファング自身も、ウィスキー瓶と引き換えに売られてしまう。新しい飼い主のビューティ・スミスは、ひどく醜い男だった。「ビューティ」という呼び名はその醜さを揶揄したものだ。しかし外見よりもっと醜かったのがその心だった。残虐な男だった。ホワイト・ファングは闘犬に仕立てられ、日々、血みどろな闘いを強いられるようになった。

ホワイト・ファングは人間を憎んだ。世の中のすべてを憎んだ。烈しく憎んだが、繋がれた身ではどうしようもなく、その憎悪はすべて闘犬の相手に向けるしかなかった。ホワイト・ファングは無敵になった。どれほど強い相手でも咬み伏せた。

しかしとうとう、運命の相手が現れた。初めてホワイト・ファングがひっくり返されたのだ。喉笛に深く噛みつかれ、ホワイト・ファングの命も風前の灯と思えた。

そのとき、もうひとりの運命の相手が現れ・・・

感想

ジャック・ロンドンの『白い牙』は、『荒野(野生)の呼び声』とともに、動物文学の金字塔として世界中で読まれている名著です。私も何回も読み返しています。

最初に読んだのは小学生の頃でした。同時期にシートンの『オオカミ王ロボ』や椋鳩十の『孤島の野犬』等も読み、私の犬たちに対する一生の好みが決定づけられました。犬と暮らすなら、オオカミみたいな犬がいい!愛くるしい小型犬には興味を無くしました。無くしたばかりか、犬種作出の闇を知るにつれ、都会住民に好まれるようなチャラチャラした商用犬種には嫌悪感さえ覚えるようになりました。だって最近の「犬種」、ますますヒドイですよね?アップルヘッド・チワワだぁ?頭頂部に穴があいた犬ではないか!ティーカップ・プードルだぁ?虚弱体質の親犬に極端な食事制限をして無理矢理小さくした犬ではないか!

『白い牙』のホワイト・ファングは3/4オオカミ、1/4犬、いわゆる「オオカミ犬(ウルフドッグ)です。オオカミ犬は、犬好きの間では常に一定の憧れをもって語られる存在のようです。ムツゴロウ王国健在の頃はオオカミ犬はテレビにお馴染みでしたし、またつい最近も「オオカミ犬が脱走した」なんてニュースが人々を慌てさせました(その犬たちはすぐに自ら帰宅してどこにも誰も被害無し)。また日本でも、熊谷達也『漂泊の牙』乃南アサ『凍える牙』等、オオカミ犬を扱った名作が生まれています。

しかしジャック・ロンドンの『白い牙』ほど、オオカミ(犬)目線で描かれた小説は他に知りません。ホワイト・ファングは誕生直後は野生のオオカミの子として、大自然の厳しい掟にさらされますし、その後の人間との生活はあまりに過酷です。オオカミであってオオカミではなく、犬であって犬ではない。人間にも犬にも認められない、孤独すぎる毎日。飢え、暴力、闘争、強いられた服従。なぜこれほどまでにホワイト・ファングを虐めるのかと、著者が憎らしくなるほどです。

それだけに、一番最後の、ウィードン・スコットとの出会いには心が浄化されたようになりました。ホワイト・ファングの忠誠心には涙が出ます。なんていじらしい!ああ、これぞ犬、これぞオオカミ!

とにかく素晴らしい本です。お子さんにはぜひ買ってあげてください。動物好きの大人の皆様はすでにお読みになっているだろうとは思いますが、どうぞまた読んでください。

ロンドン『白い牙』

ジャック・ロンドンの時代と現在

***以下は時代考証みたいなものです。やや辛辣なことも書きますが、『白い牙』の書かれた時代と今では人々の認識が大きく変わっていることは百も承知、決して作品を批判するものではありません。***

『白い牙』が発表されたのは1906年。当時のアメリカといえば、西部開拓時代が終結し、帝国主義へと突き進んでいった時代でした。1898年のハワイ統合で平洋へ進出する一方、カリブ海域にも勢力を伸ばそうとします。また第二次産業革命でアメリカの工業力は世界一となり、現在まで続く巨大企業がいくつも誕生しました。移民もおしよせました。人種差別問題もますます顕著となりました。

今回、久しぶりに『白い牙』を読みかえして、”時代”が強く感じられた表現が何か所かありました。とくに、滑稽なまでの「人類の神格化」と(今のアメリカでも根強い)「人種差別」ですね。

まず目につくのが「人類の神格化」です。100年ほど前の人類はそれこそいけいけどんどんで、技術や科学の力を妄信し、中でも白人種は自分達こそ最高の存在と驕り高ぶっていたように思えます。

それは『白い牙』にも表れていました。

たとえば以下のような表現。いくらホワイト・ファングからみた人間という視点だとしても、今読めば「ここまで言うか?」くらいに繰り返し「人=神」の式がでてきます。

子オオカミはこれまでに一度も人間を見たことはなかったが、人間についての本能はあった。おぼろげながら、人間は荒野の動物と戦い抜いて、その首位にのぼった動物だと感じた。自分の目ばかりでなく、すべての祖先の目で人間を見たのだ—―(中略)つまり、何世紀にもわたる闘争と何世代もかかって積んだ経験から生まれた恐怖と尊敬に、子オオカミはおさえつけられたのだ。
page 128

人間動物はすぐれた生き物で、真実、神であった。ホワイト・ファングのぼんやりした考えによると、神が人間にとってそうであったように、人間動物はホワイト・ファングにとっては、奇蹟を行うものであった。人間動物は支配する生き物であり、あらゆる種類の未知と、信じられないような力を持っていた。生きた物と生きていない物との大いなる王であり、動くものを服従させ、動かないものに動きを与え、しかも、生命を、太陽のような色をした生命を、死んだ苔と木から成長させたのだ。人間動物は火をつくるものであった!神であった!
page 145-146

インディアンたちを神だとおもったホワイト・ファングの前に、さらなる神があらわれます。

ホワイト・ファングはユーコン交易市場で初めて白人を見た。これまで知っていたインディアンに比べると、白人は別種族の生き物、つまり一段と高級な神々であった。白人は一段とすぐれた力を持っているという強い感じを受けたのだ。(中略)白い神々は強いのだ。これまで知っていた神々より、白い神々はずっと大きな、ものを支配する力を持っているのだ。これまではグレー・ビーヴァが一番強い神であった。ところが、そのグレー・ビーヴァでさえ、白い皮の神々の中にはいると、まるで子ども神のようだった。
page 218-219

ここまで神、神言うか?そりゃキリスト教では人間は、神の姿に似せて神が作られたいきものですよ。けれども『白い牙』の中では、人間こそが神!中でも白人はさらに一段上の神!

いやあ、八百万の神々を祭ってきた日本人の末裔としては、こんな表現、こっぱずかしくてとても使えません。それどころか私に言わせれば人間は地球の害毒にして、動物たちを苦しめている最大の敵。悪魔と嫌われることはあっても、決して神なんかじゃありません。

と、人間至上主義に対する愚痴でしめさせていただきます。

※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。

ショッピングカート

著者について

ジャック・ロンドン Jack London

アメリカの小説家。1876-1916年。『海のオオカミ』、『スナーク号巡航記』、『南海物語』、『エルシノア号の反乱』、『どん底の人びと』、『オオカミの息子』、『白い牙』他多数。
(著者プロフィールは本著からの抜粋です。)

『白い牙』

  • 著:ジャック…ロンドン Jack London
  • 訳:白石佑光(しらいし ゆうこう)
  • 出版社:株式会社新潮社 新潮文庫
  • 発行:昭和33年(1958年)
  • NDC:933(英文学)小説
  • ISBN:9784102111017
  • 376ページ
  • 原書:”White Fang” c1906
  • 登場ニャン物:-
  • 登場動物:犬とオオカミの混血、オオカミ、犬
ショッピングカート

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA