永森裕二『ねこタクシー 上・下』

映画にもなっている、猫をのせたタクシーの話。
間瀬垣務(ませがき つとむ)、48歳。
タクシー運転手、元は中学校英語教師。
ませガキ、なんて名前とは正反対の性格で、言いたいこと何一つ言えない小心な平和主義者。
苦手なものは、接客トークと、道を覚えること。
当然ながら、タクシー運転手としての営業成績は会社でビリ。
手取りはわずか10万円/月。
我ながら情けないとは思うけれど、やる気もないし。
妻は現役英語教師、それもきわめて優秀で、そんな女性と結婚できたのは「奇跡」だった。
その妻が頑張っているお蔭で、生活はできている。
中学3年の娘もいる。
オヤジとはほとんど口もきいてくれないけれど、ま、反抗期のティーンエイジャーーで受験生ともなれば、そんなもんだ。
そんな無気力男が、ある日、デブ猫に出会う。
首輪に「御子神」と名前が書いてあった。
が、状況から見て、明らかに野良猫。
しかもその猫、何時の間にかタクシーに乗っていた。

永森裕二『ねこタクシー 上・下』
助手席に大きな毛玉のような物がドカッと乗っているのに気づいた。
「うおっ」本気でびっくりした。
(中略)
御子神さんの体は暖かくやわらかく、当然だが毛だらけだった。揺するとムニムニ動く感じ。全然起きない。
丸まった後ろ足を持ち上げてみる。太くて重い。肉球がドロ水で汚れていた。
俺はティッシュを引き出して御子神さんの肉球を拭いてやった。一つだけというのも悪いので四肢全部の肉球を拭いた。黒くてザラザラしているが押すとプニッとしていて何とも気色いい。いじり始めるとクセになり、ついプニプニやってしまう。』
(上巻・p70)
こういう描写が実に良い。
映像を見るように、まざまざと、情景を思い浮かべることができる。
そうそう、そうなのよ、肉球プニプニはクセになるのよ。
おっさんと、おっさん猫の、なんともほのぼのとした光景に思わず微笑んでしまう。
御子神さんは、その名の通り、神様のような猫だった。
御子神さんがいるだけで、男はどんどん変わっていく。
さえないタクシー運転手がさえた運転手に変身する。
御子神さんがいるだけで、乗客はたちまち癒される
。尖った心が丸くなる。
そして常連さんとなる。
営業成績がみるみる伸びる。
御子神さんが来たことで、間瀬垣家も一変する。
妻子との会話が増え、心が通じ合うようになる。
しかしやがて、猫を乗せていることが、会社にバレてしまう。
保健所職員が調査にやってくる。
このままでは違法だそうだ。
さあ、どうする?

永森裕二『ねこタクシー 上・下』
テレビドラマも多く手掛けているプロデューサー/脚本家なだけあって、見せ方がうまいなと思う。
各章にドラマがある。
数章分がひとまとまりとなって、そこにまた展開がある。
そして、全体的なドラマもある。
そして何より、デブ猫・御子神さんの、魅せ方がうまい。
なんて魅力的なデブ猫なんだろう!
食いしん坊なおっさん猫で、のったりしていて、やたら人懐こく、ただそこにいるだけなんだけど。
なんてすばらしい猫なんだろう!
私も抱きたぁい!!!
ストーリーとは直接関係ないが、猫の扱い方もよいと思った。
御子神さんが来てから、家族全員がせっせと猫学を勉強し実施しているのは見習うべきだし、ブラッシングしたりワクチンを接種させたり、いかにも大事に可愛がっている様子もよい。
野良猫の悲哀がそれとなく描かれているのも良い。
さらに、「営業目的で猫をタクシーに乗せる」という事は、一般には猫虐待であることを、ちゃんと書いている点が、すごく良い。
御子神さんは、特別な性格の猫なのだ。
御子神さんは、タクシーに乗るのが大好きなのである。
次から次への乗ってくるお客さんに、次から次へと甘えていじられるのが、何よりも大好きだという、特殊な猫なのだ。
保健所職員の宗形さんとの会話で、主人公が、御子神さん以外の猫であったら猫のタクシーは
「当然(営業)しません」
と即答する場面が好きだ。
お金の問題ではない。
ただ一緒にいたいだけなのだ。
一緒にタクシーに乗っていたいだけなのだ。
御子神さんの幸せのために。
お勧めの一冊です。
(2014.8.10.)

永森裕二『ねこタクシー 上・下』

永森裕二『ねこタクシー 上・下』
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『ねこタクシー 上・下』
- 著:永森裕二(ながもり ゆうじ)
- 出版社:竹書房 竹書房文庫
- 発行:2009年
- NDC:913.6(日本文学)小説
- ISBN:9784812439593 : 9784812439609
- 263ページ、271ページ
- 登場ニャン物:御子神(みこがみ)さん
- 登場動物:-