リリアン・J・ブラウン『猫は鳥と歌う』
新しいアート・センターの周囲で、あやしげな事件が・・・。
クィラランの住居から歩いて行けるほど近くに、「アート・センター」がオープンした。
そこはクィラランの彼女、ポリーの新居となるはずの家と土地だった。建設中に嫌な事件があったことと、(『猫は汽笛を鳴らす』)ポリーが思いがけず病気をしたことから、ポリーはそこに住むのを止め、インディアン・ヴィレッジにコンドミニアムを買った。そのため、建設中の家は「アート・センター」に変更・改築されたのだ。
ピカピカのアート・センターの向かいは、昔からの農場だった。そこにはモード・コギン夫人が、ひとりで住んでいた。「変人」とうわさされていたけど、彼女は93歳になってなお、誰の世話にもならず、誰にも口出しをせず、老いた捨て犬たちを保護してひっそりと暮らしていた。古い家には電気さえなかった。灯油コンロと灯油ランプで暮らしていた。
その小さな古い家が火事を出した。灯油コンロの消し忘れ?93歳の老女では、そういうこともあろう・・・特別な捜査もなく、盛大に葬式が行われて、ことは済んだ・・・ように見えた。
が、クィラランは、何かきな臭いものを感じる。
コギン夫人は100エーカーもの農地を、農地として使用され続けるとの言葉を信じて売ったばかりだったのだ。その売却価格はあまりに安すぎた。しかも、あちこちで様々な新計画がうわさされていた。
元敏腕事件記者としてのカンが、クィラランに、これは事件だと伝える。ココも何かを伝えたがっている。詐欺か、賄賂か、放火か、殺人か、あるいは、それら全部か?
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小説の中で、マーク・トウェインの言葉が引用されています。ご存知『トム・ソーヤの冒険』等を書いた、アメリカの小説家です。
「彼(=マーク・トウェイン)は猫が好きだったのよ」ポリーが思い出させた。
「知っているよ。彼はこういってる。”もし人が猫と交際したら、人は向上するが、猫は堕落させられるだろう”」
page54
これ、トウェインの原文は、“If man could be crossed with a cat, it would improve man but deteriorate the cat.” なんですよね。羽田氏は「交際したら」と柔らかく訳していますけれど、意味としては「交配したら」の方がより原文に近くなります。
つい想像してしまいました。
もし、ネコの能力を持つヒトがいたら・・・オリンピックの短距離や体操、ボール系ゲームでは金メダルをかき集めるでしょう。ただし、水泳やクロスカントリースキーなんかはだめ。芸術的センスは抜群で、絵を書かせれば斬新、音楽を演奏させれば繊細かつ大胆。映画界に進出すれば、スタントマン無しのアクション俳優か、マリリン・モンローをもしのぐ魅惑の女優。建築家なら、最小限の物しかないのに遊び心にあふれ、と同時に、なぜか落ち着いてぐっすり眠れる絶妙なデザインを発表するでしょう。そしてもしディーラーなら、冷徹なまでに研ぎ澄まされた頭脳プラス天性のカンで、巨額な利益をがっぽがっぽ。おお、何をさせてもすごいぞ!
反対に、もしネコの中にヒトがはいってしまったら・・・一日中寝てばかり、何もしないのに、文句だけは人一倍。食べ物の好みもうるさい、しかも、いちいちケチをつける。言葉はわかっているくせに(ヒトがはいっているので)何をお願いしてもどこ吹く風の勝手気まま。かと思えば、やたらスリスリごろにゃんして、ほしいものはちゃっかりせしめる。足音もなく背後に忍び寄っては秘密を盗み聞きし、鋭い爪と牙をちらつかせて脅迫。うげっ、すっごくイヤなヤツ・・・
猫が人型になって人間社会で生活しているという設定の小説もあります(秋月こお『王様な猫』シリーズ、ほか)。また、猫に人がはいってしまったマンガもあります(まつうらゆうこ『一緒に暮らしたくない猫』、ほか)。そこでも、人になった猫はすばらしく、猫になった人は”一緒に暮らしたくない”厄介者と描かれています(笑)。
洋の東西を問わず、皆さま、ヒトxネコについての意見は一致しているようです!?
※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。
『猫は鳥と歌う』
『猫は・・・』シャム猫ココシリーズ
- 著:リリアン・J・ブラウン Lilian Jackson Braun
- 訳:羽田詩津子(はた しづこ)
- 出版社:早川書房 ハヤカワ文庫
- 発行:2000年
- NDC:933(英文学)アメリカ長編小説
- ISBN:9784150772192
- 334ページ
- 原書:”The Cat who sang for the Birds” c1998
- 登場ニャン物:ココ(カウ・コウ=クン)、ヤムヤム、ブルータス、カッタ、ケイティ、マック(マッキントッシュ)
- 登場動物:犬達