ハロルド・ハーツォグ『ぼくらはそれでも肉を食う』

ぼくらはそれでも肉を食う

愛猫に「肉」を与える矛盾に悩んだ私が手に取った本。

まず、訳者解説から引用。

著者ハロルド・ハーツォグは、Anthrozoologyなる比較的新しい(そしていまだマイナーな)学問分野の騎手のひとりだ。この訳書では「人類動物学」と訳している。(中略)

で、人類動物学ってなによ、ということなのだが、基本は動物に対する人間の態度を研究対象とする分野だ。(中略)

著者は動物と人間関係のさまざまな様相を、いろんな場面で対比させる。実験動物として扱いがきわめて規制されているハツカネズミと、同じ施設の中で害獣としてかなり残酷な扱いを受ける野良ネズミ。アメリカでものすごい批判にさらされる闘鶏のニワトリたちと、食肉用ブロイラー。肉を食べないはずの菜食主義者が、じつは肉をけっこう食べている話。そうしたすべての場合を都合よく合理的に仕分けできるような基準があるだろうか?(後略)

page 356

人間は勝手だと、よく思う。動物のことを真剣に考えている人なんて、めったにいない。考えているようでも、特定の種、特定の個体(群)に限られる人が圧倒的で、あらゆる生物をもれなく愛し慈しむなんて、ヒトには不可能だ。

本書で取り上げられている話題の例。

たとえば、イルカセラピー。ほんとうにイルカにはヒトを治癒する力があるのか?単なる思い込みではないのか?そもそも、ヒトを癒すためにイルカを狭いプールに閉じ込めて利用するなんて、許されるのか?

たとえば、愛玩動物と、憎まれる動物の区分のしかた。カブトムシやクワガタは日本人には大人気のペットだが、アメリカ人にはただの虫けら、全く理解できないという。そもそも、なぜ人はペットを飼うのか?ただ愛玩するだけのために、他種の動物と一緒に暮らす生物なんて、ヒトだけだと著者は断言する。それも、時には多大な手間や経費をかけて、時には離婚原因とまでなってでも。

ぼくらはそれでも肉を食う

カバー挿絵は畑正憲氏

一般に、女性の方が動物を可愛がると思われている。現に、動物愛護ボランティアとして活動しているのは圧倒的に女性が多い。が、本当にそうなのだろうか?動物に対する気持ちを、心理学的に調査した結果、意外にも性差はほとんど見られなかったという事実。

それから、例えば、闘鶏用の鶏と、食肉用のブロイラー。アメリカでは闘鶏や闘犬は「残酷」だと嫌悪されているそうだ。でも、鶏の一生として考えた場合、闘鶏用に大事に育てられる鶏と、食肉用に工業的に量産・消費されるブロイラー。どちらが果たして残酷か?あなたが鶏なら、どちらになりたいか?・・・私(管理人)なら考えるまでもない、闘鶏の方。そして、著者の選択も、闘鶏だった。

目を上げて、私の周囲を見渡してみても。

愛犬家の多くは、自分の犬と同じ品種の犬にしか興味がない。犬全般が好きな人の多くが、猫は嫌い。犬も猫も好きだけど、ネズミは苦手な人。犬も猫もネズミも好きだけど、ゴキブリだけは許せない人。ゴキブリを飼う珍しい人でも、蚊取り線香は炊いたり。修行を積んだ禅僧は蚊さえ殺さず血を吸わせると聞く、でも、彼らだって病気になれば治癒を望むだろうし、それはすなわち、体内のウイルスの死滅を望むことになる。

捕鯨に猛烈に反対する西洋人は多い。けれども、彼らのほとんどが牛肉なら喜んで食べる。過激なことで知られるシーシェパードの船長でさえ、日本船に逮捕されたとき、肉も魚もきれいに食したそうだ(2010年3月の事件)。

なぜ、牛や豚は食べても良くて、鯨はダメなのか。

好き・嫌い、話題の中心・無関心、愛する家族・美味しい食べ物・・・。人は動物たち・生き物たちを、どこでどう線引きをするのか。なぜそこで線引きするのか。その線引きは正しいのか。

ヒトと、動物たちの関係について。世間一般の人はいざ知らず、ここのような猫愛護サイトを訪問される方であれば、きっと一度は頭を悩まされた問題ではないだろうか。その結果、動物をもっと慈しまなければと、愛猫にいつもより高いフードを買ってきてあげたりし、でも高いフードほど材料には多くの肉や魚が使われているんだよなあ、と矛盾を感じたり。あるいは愛護団体に3000円寄付して、でもこの間のディナー、6000円のステーキコースだったようなあ、と思い出したり。あるいは菜食主義に転向し、でも植物だって生きているし、と悩んだり。

結論から書いてしまえば、この本はそういう悩みに、明白な答えなんか出してくれない。それどころか、読めば読むほどますます、あまりの一貫性の無さに、ダブルスタンダードに、・・・ダブルどころか、マルチスタンダードな現状に、困惑させられることになる。何一つ解決されないばかりか、より多くの矛盾を知ることとなる。

でも、それでよいのだ。この本の目的は、正解を見つけることではなく、考えさせることにあるのだろうから。

と書くと、いかにも小難しそうな本と思われるかもしれないけれど、全然そうじゃない。文章は明快で、テンポも軽快、扱っている内容を考えると、驚くほど明るく(?)読めちゃう本だ。366ページと分厚いのに、苦も無く読み終えられる・・・と、思う。少なくとも私は面白く一揆に読み終えた。そう、深刻というより、面白さの方が勝る本だ。

そして、読み終えた後にじわじわと、あらためて考えさせられた。動物達と人間との関係を。相変わらず、私にも正解なんてわからないけれど。

この訳本、原書の全訳ではないそうだ。「日本人の関心とはあまりにかけ離れていると思われる部分については、著者の了解を得て削っている」とのこと。ちょっと残念。できれば全部読んでみたかったな。

動物の福祉について、少しでも関心のある人には、ぜひ読んでいただきたい。若い人なら、「こんな行為が!」と驚き、「偽善者どもめ!」と憤りに全身を震わせるかもしれない。人生のベテラン世代なら、深くため息をついて遠くを見つめ、ひざの愛猫をなでるだけかもしれない。どんな世代の人が読んだとしても、視野がひとつ広がったと感じられるのではないだろうか。広がったというより、視点が増えたという言い方の方が適切かもしれない。

人間社会に「動物の権利」を浸透させるなんて、果たして可能なんだろうか?人権さえ、無視されがちな世界情勢だというのに。

(2017.8.12.)

※著作権法に配慮し、本の中見の画像はあえてボカシをいれております。ご了承ください。

ぼくらはそれでも肉を食う
人と動物の奇妙な関係

  • 著:ハロルド・ハーツォグ(Harold A. Herzog)
  • 訳:山形浩生(やまがた ひろお)、守岡桜(もりおか さくら)、森本正史(もりもと まさふみ)
  • 出版社 : 柏書房株式会社
  • 発行年 : 2011年
  • NDC : 480 (動物学)
  • ISBN : 9784760139620
  • 366ページ
  • 原書 :”Some We Love, Some We Hate, Some We Eat: Why It’s So Hard to Think Straight About Animals” c2010

目次(抜粋)

  • はじめに なぜ動物についてまともに考えるのはむずかしんだろう?
    • 子ネコをヘビのエサにしてはいけませんか?
    • 動物の行動から、動物に関係する人間の行動へ
  • 第一章 人間と動物の相互関係をめぐる新しい科学
    • イルカは腕ききのセラピスト?
    • 人は飼い犬に似るか?
    • その他
  • 第二章 かわいいのが大事―人間のようには考えてくれない動物についての、人間の考え
    • バイオフィリアー動物愛は本能?
    • なぜ人はヘビを嫌うのか?
    • その他
  • 第三章 なぜ人間は(そしてなぜ人間だけが)ペットを愛するんだろう?
    • ナンシーとチャーリーの場合―きずなが役に立つとき
    • サラの場合―きずなが壊れたとき
    • その他
  • 第四章 友だち、敵、ファッションアイテム?人とイヌのいろんな関係
    • オオカミからウィペットへ
    • 最初のイヌはペットか、ゴミあさりか?
    • その他
  • 第五章 「高校一の美女、初のシカを仕留める!」動物との関係と性差
    • ステレオタイプがあてはまらないとき
    • ペット愛が強いのは男女どちらか?
    • その他
  • 第六章 見る人しだい―闘鶏とマクドナルドのセットメニューはどっちが残酷?
    • マディソン郡の五羽ダービー
    • 正当化できないことを正当化する
    • その他
  • 第七章 美味しい、危険、グロい、死んでる―人間と肉の関係
    • なぜ肉はこんなに美味しいのか
    • 肉食の危険性とは
    • その他
  • 第八章 ネズミの道徳的地位―動物実験の現場から
    • ダーウィンの道徳的遺産
    • 宇宙人と障がい児の道徳的な地位
    • その他
  • ソファにはネコ、皿には牛―人はみんな偽善者?
    • 動物の扱いについての態度は首尾一貫しない
    • 宗教としての動物解放運動
    • その他
  • 訳者解説

ぼくらはそれでも肉を食う

深刻な内容を和らげるポップな目次デザイン

著者について

ハロルド・ハーツォグ Harold A. Herzog Jr.

ウェスタンカロライナ大学心理学科教授。新しい学問分野である「人類動物学 Anthrozoology」の第一人者。人間が他の生物種と交流を図るときの心理のあり方について、20年以上研究を続けてきた。とりわけ、動物との関係をめぐって現実世界で起こる倫理的なジレンマについて、人びとはどのように考え、行動するのかに注目している。妻のメアリー・ジェーン、猫のティリーと暮らす。

(著者プロフィールは本著からの抜粋です。)


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